Gusuku LABELへようこそ!
最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2006年09月10日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene41

●尾張谷 秀洋(おわりや ひでひろ)

 説教を受けた。
 越智と組むと、こういうことが少なくない。慣れていた。説教が終わると、口笛混じりに、また携帯をいじり始めた。越智はもう、何も言わなかった。
 ウージー・サブマシンガン。尾張谷は携帯の画面から目を離さずに、吉高からそれを受け取った。越智は動かない。
 吉高は越智を見た。越智は、何も言わない。腕を組み、うつむいたままだ。吉高は、手元に残っていたサブマシンガンを、トランクに戻し、片づけた。
 越智の姿は、まるで石像のようだった。その目は、帽子の鍔に隠れて見えない。
「何だ?」沈黙を破り、越智が言った。
「何でもないっす」
「言えよ」
 尾張谷は息を吸い、吐いた。言った。
「銃、いらないんですか?」
「俺のやり方、知っているだろう」
 尾張谷は肩をすくめた。
「殺す相手との距離、でしたっけ」
 越智は答えない。ポルシェの走る音だけが、二人の間に横たわろうとする沈黙を妨げている。尾張谷は続けた。
「ナイフで殺そうが、銃で殺そうが、変わらないんじゃないですか?」
 尾張谷は少し語気を強くしながら、手首と共に携帯を弾ませて、閉じた。何度も交わされた言葉たち。越智と、この話をするのは初めてではない。だが、尾張谷は止めなかった。
「カナコ・ローディンにも、同じようなことを言われた」
「そりゃそうですよ。越智さん、おかしいですよ。相手が死ぬことに、何ら変わりはないんだ。綺麗事ですよ。自分だけは、人の命を大切にしてる、なんて。傲慢です」
 尾張谷は、腰に差したリボルバーを示した。コルト・シングル・アクション・アーミー。通称、ピースメーカー。
「俺が銃を撃っても、越智さんがナイフを投げても、相手が死ぬことに、変わりはないんだ」
「そうだな」
「じゃあ、どうして」
「これは、俺のやり方、そして、考え方だ。お前に無理に押しつけるつもりはない」
「逃げるんですか」
「同じ考え方の人間ばかりでは、世の中、面白くないだろう」
「その考え方は、確実に越智さんの命を、短くしてますよ」
「だろうな」
「そのために、死ぬかもしれない」
「尾張谷」越智は言った。「もし、俺がお前の言うことを全て聞き入れて、サブマシンガンを装備したとしよう。その俺と、お前は仕事ができるか?」
 尾張谷は、想像した。しようとした。できなかった。どうやっても、越智はいつもの、投げナイフを仕込んだコートだけで現れる。
 想像できない。ということは、信頼もできない、ということだった。
 尾張谷は、参った、と言うように、両手を挙げた。
「できません。分かりましたよ。そのままで行ってください。死んでも、骨は拾いませんからね」
 越智は、窓越しに街を眺めていた。
「心配するな。そのために、死ぬつもりはない。思想を、命よりも優先させたりはしない」
「はい」
「ただ、命の他にも、大切なことがある。それだけだ」
 越智は、越智にしかいられない場所にいる。殺し屋の中でも、最も高みに近い場所。
 殺し屋。この仕事は、危険だ。命を落とした仲間たちを、何人も見て来た。だが、越智だけは違う。越智にとって、自分が死なないことは当たり前なのだ。
 だから、欲しがる。尾張谷や、他の殺し屋が余計だと思っているものを。感情という名の、殺意を鈍らせる、錆。
 尾張谷は、笑った。仕方のない男だ。
「つまるところ、欲張りなんですよ。あなたは」
「そうかもしれないな」
「あと十分ほどで、到着します」
 吉高が言った。尾張谷は、吉高が片づけたトランクを取り出した。中から、越智が断ったサブマシンガンを取り出す。
「越智さんが使わないなら、俺が使ってもいいですよね」
「構わない」
 越智が言った。


つづく
posted by 城 一 at 15:00| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月31日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene42

●風際 慶慎(かざぎわ けいしん)

 繰り返される、痛み。
 同じ色に見える夜が、最近、続いている。慶慎は思った。
 夜の公園を満たす空気は冷たい。だが、心地悪いものではない。
 慶慎は、ベンチに座った。エメラルドグリーンのペンキが、所々、剥げている。
 黒いスウェットを履いていた。右足の方は、太腿までまくり上げている。足下に、いくつか、水滴が落ちた。右膝の側面。赤く腫れあがっていた。
 水飲み場の水で冷やしたのだが、膝はすぐに、熱と痛みを取り戻した。
 罵声と暴力の豪雨。ここのところ、毎日のように降り続いている。文永が、以前のようにカザギワの活動に参加できなくなり、自宅謹慎を申し渡されたのが原因なのは、明白だった。
 だが、慶慎には、どうすることもできない。
 二、三日前に、女がやって来た。それからは、文永は少し落ち着いた。女は、入れ墨を彫りに来た客のようだった。
 慶慎は、不思議でならない。あれほど、激しい気性の文永が彫った入れ墨は、息を呑むほど、繊細な線と色に彩られているのだ。
 龍。虎。鳳凰。骸骨。黒色のうねりだけで作る、トライバルと呼ばれる入れ墨も、彫った。
 文永の入れ墨を見るときだけ、慶慎は父のことを尊敬する。
 女の客は、無料で入れ墨を入れてもらうことが多い。その代わり、文永と寝る。客と言うよりも、女友達と言った方が近いのかもしれなかった。
 文永の中に脈打つ激流が、セックスに注がれているとき、慶慎は暴力を受けずに済む。
 束の間の安堵の一方で、慶慎は疎外感を感じる。文永が女の体を奏でているであろう、寝室のドアの前。慶慎は立ち止まらずにはいられない。
 心と体。全てが満たされる日は、一日たりとも、ない。
 慶慎は肩を揺らした。咳。最近、喘息の発作は、治まっている時間の方が少ない。
 足下で、猫の鳴き声がした。見ると、ぶちの猫が慶慎を見上げていた。首輪の代わりに、鎖をつけている。そして、鈴ではなく、南京錠をぶら下げている。
「君は、自由なんだろうね」
 慶慎は呟いた。
 家出をしたことがある。愛情をくれない父親の元で生きる理由はない。そう思った。だが、文永はそうは考えなかった。すぐに、慶慎を見つけ、連れ戻した。
 家に帰ってから、短い間だけ、文永は愛情に近いものを見せる。近いもの。決して、愛情ではない。それを享受した時期もあった。今は、もうしない。それは愛情どころか、毒に近いことを、知っているから。
 縛られている。慶慎は思った。
 父親に。喘息に。組織に。そして、無力な自分に。
 どんなに足掻いても、逃れられない場所。蟻地獄にも似ている。自分は、そこにいる。
 猫は、餌でもねだっているつもりなのか、慶慎を見上げて、何度も鳴き声を上げている。
「あっち行けよ」
 手で追い払おうとした。が、猫は少し離れただけで、また慶慎の足下にやって来る。
「行けったら!」
 小石を拾って、投げる。ぶつけないように。猫は逃げない。
 無性に腹が立った。怒りが、腹を突き上げる。食いしばる歯に力がこもり、何度も拳を握り直す。
「殺すぞ」
 月明かりの下。慶慎の目が、わずかに、その色を変えた。


つづく
posted by 城 一 at 18:03| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月07日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene43

●風際 慶慎(かざぎわ けいしん)

 捕らえるのは、たやすかった。
 一歩踏み出した。猫が身構える。遅かった。そのときにはもう、既に鎖を掴んでいた。猫の首に巻かれた、鎖。
 猫は逃げようと、必死にもがいていた。棘のある声で唸っている。
 慶慎は少しの間、その様子を見ていた。残酷な気持ちで。猫の命は今、自分の手に握られている。
 猫は牙を剥き、爪を出していた。しかし、首を掴んでいるのだ。大きな怪我を負わせられるとは、到底思えなかった。猫の足が、砂利を蹴り続ける。何の意味もなさなかった。
 慶慎は、鎖を掴む手を、少し、持ち上げた。同時に、もう片方の手で、猫の頭を下へ向けて押しつける。
 猫が、喉の詰まったような、気持ちの悪い声を上げた。猫の命を掌握していることを、先程よりも、もっと強く感じた。
 慶慎はさらに手に力を込めた。命を奪うべく。
「死ねよ」
 猫は、声さえ上げられなくなった。その身を震わせ始めた。
 自然、慶慎の口が大きく割れる。横たわった、三日月のように。
「やめなよ。本当に、死んじゃうよ」
 後ろ。声がした。
 猫が逃げた。慶慎は、首の鎖から手を離してしまっていた。猫の速度は信じられないほどで、その姿が消えたように感じた。
 振り返ると、同い年くらいの少女がいた。
「おっ、何だ、やるか!」
 少女はおどけて、身構える。本気ではない。構えも、慶慎から見れば、なっていない。
 見られた。慶慎は思った。今、野良猫に対してやっていたことは、誰にも見られてはいけないもの。そんな気がしていた。途端に、とても恥ずかしくなった。誤魔化すように、慶慎は言った。
「誰」
 口調は、気づかないうちに、厳しいものになっていた。
 少女は、全く意に介さず、微笑んだ。
「あたしは、安希。市間安希(いちま あき)。君は?」
 目尻のつり上がった少女だった。慶慎は、猫の目を思い出した。
 長い黒髪を、ポニーテールにしている。水銀灯の明かりを受けて、天使の輪ができていた。
 慶慎は少しの間、安希と名乗った少女と見つめたまま、黙っていた。草むらから、鈴虫の鳴き声が聞こえていた。
 少女は、後ろで手を組んで、首を傾げた。ポニーテールが弾む。
「名前だよ。君の、名前」
 慶慎は、ゆっくりと呼吸をしながら、唾を飲み込んだ。声が引っくり返りそうになるのを懸命に押さえて、答える。
「慶慎」
「慶慎?」
「風際、慶慎」
「じゃ、ケイちゃんだ。駄目だよ。ケイちゃん。生き物を虐めちゃ」
 返事をしようとして、慶慎は咳き込んだ。発作がひどい。息を吸っても、肺に届いている気がしない。
「大丈夫?」
 安希が近づいて来て、背中をさする。小さな掌の感触。優しい感触だった。慶慎はまた口を開いたが、咳しか出て来なかった。
「風邪?」
 慶慎は首を振った。
 ポケットから、吸入器を取り出した。喘息の発作を抑えるためのものだ。
「それ、何?薬?」
 慶慎は答えなかった。吸入器を使う。しかし、一向に中に入っている薬が出て来ない。空だった。ここのところ、吸入器を使う頻度が急増していた。少し前から、薬の出が悪くなっていたのだ。
 ちくしょう。
 息が詰まる。悪態をつくこともできなかった。役に立たなくなった吸入器を、地面に投げつける。慶慎は少し上体をかがめて、膝に手を突いた。呼吸がうまくできないせいで、体が熱を帯びている。
「座ろう?とりあえず」
 慶慎は首を振って、言葉を絞り出した。
「水」
 公園には、水飲み場があった。
「水ね。歩ける?」
 慶慎は頷いた。一歩一歩、休みながらでなければ、進むことができなかった。少女が、心配そうに傍らで見守っている。
 水飲み場にたどり着くと、蛇口を上向きにした。こまめに息継ぎをしながら、水を飲む。
 少しだけ、楽になった。
「大丈夫?」
「うん。ごめん」
 安希は、慶慎を力づけるように、笑った。
「謝るなら、さっきの猫に謝りなよ」
「うん」
 安希は、また慶慎の背中をさすってくれていた。久し振りだ。慶慎は思った。前に、こうして誰かに背中をさすってもらったのを、慶慎は思い出せない。
 温かい。
 目に涙が滲んだ。声を上げて泣き出しそうになるのをこらえて、慶慎は水を飲んだ。


つづく
posted by 城 一 at 00:07| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene44

 光が走る。
 暗闇の中を、無数の色のライトが照らしていた。
『JAM&JAM』という名のクラブ。店の中央に、突き出すようにして設置されたセンターステージ。その上で、半裸の女が腰をくねらせ、自らの両手で体を撫でるようにして、踊っている。赤いブーツの中に、札が溢れていた。客が入れたものだ。
 店が壊れるのではないかと思うほどのボリュームで、BGMが流れている。客たちは、それに合わせて、体の一部を揺らしていた。
 一人の男が、店内に入って来た。
 黒いベースボールキャップ。ダークブルーのブルゾンのポケットに、両手を突っ込んでいる。年は、二十代前半。
 男は客の一人と肩をぶつけたが、何も言わなかった。店内を舐めるように眺めながら、歩いて行く。
 続いてもう一人、男が入って来た。最初の一人と、全く同じ格好をしていた。
 さらに、その後ろに数十人の男たち。最初の二人とは違い、思い思いの服装をしている。ウエイターの一人が、最初の二人に挨拶をした。二番目に入って来た男が言う。
「ミカドの者だ。この店を、貸し切りにしたいのだ」
 ウエイターは、カウンターの向こうでシェイカーを振るバーテンを一瞥してから、言った。
「申し訳ございません。いくらミカドの方々でも、急に貸し切りにするのは」
 男は頷いた。
「だろうと思ったんだ」
「申し訳ございません」
 二番目の男は、最初の男を見てから、言った。
「仕方ない。俺たちでやるよ」
 ウエイターは顔をしかめた。それは、男の言葉を聞いたからだけではなかった。首。自分の首だ。ウエイターは何かを感じて、手を当てた。
 血が、噴水のように吹き出ていた。ウエイターは倒れた。命が既に失われているのは、明らかだった。二番目に入って来た男は、無関心な様子で、ウエイターを見下ろしていた。その手には、血に彩られたナイフが握られていた。
「店の中には、何人いそうだ、李舜鵬?」
 最初の男が言った。二番目の男が、答えた。
「五十人くらいだろう。李舜英」
「久し振りだな。標的が、こんなにたくさんいるのは」
「どっちが多く殺るか、競ってみる?」
「いい提案だ」
 悲鳴がBGMに取って変わるまで、そう長くはかからなかった。

 騒ぎを聞きつけて、店の奥や裏にいた用心棒たちが、メインフロアへ向かって、廊下を走って行く。
 途中にトイレがあった。そこから、首をぼりぼりと掻きながら、男が出て来た。用心棒たちの前に立ち塞がる。
 白色のバスケットシューズを、素足で、靴紐を結ばずに履いている。だぶだぶのスウェットパンツ。腹の所に、大きなオートマティック銃が二丁、差されていた。銀色のデザートイーグル。
 首の次は、短く刈った、癖の強い金髪の頭を掻いている。たくさんの指輪をつけている。そのどれもが、骸骨のあしらわれたものだ。上半身には、何も身につけていない。
 首をゆっくりと、左右に倒す。ばきばきと、大きな音が鳴った。鳥が羽ばたくときのよに、両手を広げ、体を伸ばした。そして、言葉とも鳴き声ともつかない音で、獣のように唸った。
 用心棒の一人が、前に出た。
「お前、店の者じゃないな。邪魔だ。どけろ」
「お前、名前は?」
「急いでる。どけ」
「俺はトニー。トニー・プロップ。お前は?」
「てめえ」
 用心棒の声が途切れた。大きく回転したトニーの右手が頭を捕らえていた。抵抗する術なく、用心棒は勢いよく壁に打ちつけられる。用心棒の目が白く反転した。トニーが手を離すと、床に転がった。
 用心棒が頭を打った廊下の壁には、べったりと血が付着していた。
 飛びかかろうとした他の二人も、同時に首を掴まれて、急停止する。軽々と持ち上げられた後、鈍い音と共に床に叩きつけられた。
 一人が銃を取った。引き金を引くことはできなかった。腹に無数の穴を開け、絶命した。トニーのデザートイーグルが、火を吹いたのだ。トニーはすぐに、銃を腹に戻した。
 トニーは、指輪を一つ一つ、具合を確かめるようにはめ直した。最後に残った一人に歩み寄り、鼻が触れるほどの距離にまで、顔を近づける。
 そして、震える相手に、唇をゆっくりと動かして言った。
「俺はトニー。トニー・プロップ。お前は?」


つづく
posted by 城 一 at 00:16| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月08日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene45

 クラブの床は、死体で埋め尽くされていた。
 李舜英と李舜鵬は、それを気にせず、足で踏みつけながら、話をしていた。死体がときどき光って見えるのは、李兄弟の投げたナイフが、刺さっているからだった。魚の鱗に似た形のナイフ。
「俺は、十二」
 李舜鵬が言ったのを聞いて、李舜英は口許を微かに緩めた。
「俺の勝ちだ。十八」
 メインフロアの中には、まだ生き残っている者がいた。テーブルや椅子、カウンターの陰で、震えながら、息を潜めている。まだ、李たちに気づかれていないと思いながら。脱出の機会を探っているのだろう。
 しかし、出入り口は、部下たちが完全に塞いでいるから、逃げることはできない。
 李舜英は、どのタイミングで、生き残りを手にかけるのが最も面白いか、考えていた。
 部下の一人が、スーツケースを二つ持って来た。李舜英と李舜鵬の前に、それを置く。開けると、李たちが使う投げナイフの予備が入っていた。
 李たちは、使った数だけナイフを取ると、ブルゾンの内側に差し込んだ。
 メインフロアに、トニー・プロップが現れた。両手をパンツのポケットに突っ込み、BGMに合わせて、頭を揺らしている。相変わらず裸の上半身は、返り血を浴びて、真紅に染まっている。
 クラブの中には、VIP専用席が設けてあった。他の、普通のテーブル席よりも、一段高くなった場所にある。紫色の、毛の長いソファ。
 トニーはそこに行くと、背中から飛び込むようにして、腰を下ろした。テーブルに、両足を乗せる。
 トニーはそこで初めて、真っ白だった靴が、血まみれになっていることに気づいた。
「くそっ。相棒が台無しだ」
 テーブルから、紙ナプキンを取って、靴を拭く。だが、血の赤は完全には取れない。トニーは、悪態を重ねながら、テーブルの上に城のような形に積み上げられた、フルーツの盛り合わせに手をつけた。メロンを選ぶ。他の果物は、李兄弟が殺した者たちの血に、まみれていた。
 李兄弟が、テーブルを挟んで、トニーの前に立った。
 李舜英が言った。
「そっちは、終わったのか」
 トニーは、フルーツの盛り合わせから取ったメロンの欠片を、口を大きく動かして、くちゃくちゃと音を立てながら、食べていた。飲み込んで、軽くげっぷする。李たちが顔をしかめるのを、気にする素振りはない。
「終わったとか、終わってねえとか以前の問題だぜ、あいつら。温過ぎる。名前を聞く前に殺っちまったからな」
「すぐに、メインゲストが来る」
「カザギワの殺し屋っつったっけか?楽しませてくれんのかよ、そいつら」
「保証する」
「銀雹ってのが、かなり熱い奴らしいじゃねえか」
「それは、俺たちの獲物だ」
「自分たちだけ、楽しむつもりじゃねえだろうな」
「大丈夫だ。二人、来る。仮にも、相手はカザギワの殺し屋だ。暇はしないよ」
「それを聞いて、安心したぜ。この楽しみがなけりゃ、ミカドに来た意味がねえってもんだ」トニーはそこで、話していた李舜英と、その隣にいる李舜鵬を見比べて、言った。「あ〜と、ところでお前はどっちだ?李……」
「英。舜英だ」
「お前らよ、同じ顔してんだから、せめて目印つけたらどうなんだ。全く同じ格好なんか、しやがって」
 李舜鵬は、フルーツの盛り合わせの中から、血まみれのマンゴーを選び、ナイフで突き刺した。手元で、血が滴る。李舜鵬は、まるで気にする様子もなく、マンゴーを口へと運んだ。
「うげえ」トニーは、李舜鵬を見て言った。
「何だ?」
「血がついてるじゃねえか。気持ち悪い」
 李舜鵬は、口を動かしながら、目を細める。
「だからいいんじゃないか。食べてみるといい。病みつきになる」
 トニーは、そう言う李舜鵬のことを、訝しげな視線で見ていたが、やがてマンゴーを指先でつまみ、食べた。そして、飲み込むと、ニヤリと笑った。
「なるほど。悪くはねえ」
 李舜英が、部下たちに言った。
「そろそろ、メインゲストが到着する頃だ。もてなす準備はできてるな?」
 四十を超える、ミカドの構成員たち。それが、一斉に、手にしたサブマシンガンの銃身に、マガジンを差し込んだ。
 トニーが、拳を揉むようにして、指をばきばきと鳴らす。
「素敵な夜にしようぜ、諸君」


つづく
posted by 城 一 at 04:51| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene46

●越智 彰治(おち しょうじ)/銀雹(ぎんひょう)

 越智は違和感を覚えた。「JAM&JAM」に足を踏み入れた瞬間のことだった。
 理由は分からない。ただ、肌が信号を発している。そう感じた。
 越智は、周囲に素早く視線を巡らせた。
 メインフロアに繋がるドアのある、玄関ホール。天井にある、ごく抑えられた照明によって、うっすらと闇に浮かび上がるようにして、床が黒光りしている。
 メインフロアに繋がるドアの向こうからは、腹に響くような低い音と共に、BGMが漏れて聞こえている。
 店員の二人の男が、笑顔で越智と尾張谷を迎えている。
 深々としたお辞儀。客にチップを迫るように、媚びた笑顔。そして、声。
腰のホルスターに銃を差していたが、別段、不思議なことではない。店の入り口で、客を迎える仕事と、用心棒としての仕事を一手に引き受ける場合もある。
 ならば、何だ。
 越智は、隣にいる尾張谷を見た。尾張谷の方では、何かを気にしている素振りは、全くない。店員の品定めをしているようにさえ、見えた。
店員に導かれて、尾張谷がメインフロアへのドアへ向かう。越智は言った。
「待て」
「どうしたんですか?」
 越智は、自分の体の器官を探るようにして、少しの間、目を閉じて集中した。視覚的なものや、聴覚的なものではないのだ。
鼻孔から、大きく息を吸い込む。分かった。
 においだ。
 嗅覚が、越智に信号を送っていたのだ。
 越智は目を開いて、自分たちを笑顔で迎えている、二人の男のことを見た。
 血の、におい。
 何か言おうとした尾張谷を、手で制する。
 一度分かると、どうして今まで気づかなかったのか、不思議に思うほど、玄関ホールには、血のにおいが漂っている。それも、嗅いだだけで血が沸き立ち、体温が上昇しそうなほど、濃厚なものだ。
 そのにおいは、メインフロアから流れて来ていた。
 越智は、二人の男を見た。ここにいて、それほどの血のにおいがすることを、知らないわけがない。
 これは、罠だ。
 尾張谷が、理解できない、という風に、両手を天井に向けた。サブマシンガンは、人目につくということで、もう一度トランクに収め、今は尾張谷の足下にある。
「何か言ってくださいよ。どうしたんですか?」
 ナイフ。コートから抜き、二人の男の喉下に突きつけた。
「動くな」
 銃に手を置く暇も与えなかった。
「少し、聞かなければならない話があるようだ」
 越智は言った。


つづく
posted by 城 一 at 04:56| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月09日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene47

●トニー・プロップ

 ミカドの構成員たちは、もうすぐダンスフロアに入って来るであろう、カザギワを迎え撃つために、それぞれに装備した銃器の銃口を、入り口のドアへと向けていた。
 このやり方が、少し気に入らなかった。何の刺激も、面白味もない。
 別に、こんな大人数の構成員など、連れて来なければよかったのだ。楽しみに、邪魔なだけだ。
 トニーはソファに座って、手持ち無沙汰だった。テーブルにある皿は、既に空だ。フルーツの盛り合わせは、食べてしまった。果汁のついた自分の唇を、指で拭う。
 もしも、カザギワの連中が話に聞いているほど、大した実力のない奴らだったら。このミカドの構成員たちによる歓迎に、耐えられなかったら。
 少しばかり、その構成員たち自身に、遊んでもらおう。トニーは思った。自由に使っていい≠ニ、与えられた部下だ。文字通り、自由に℃gわせてもらうとしよう。
 多少、減っても構うまい。追及されれば、カザギワの連中に殺された、と報告すればいいだけの話だ。
 李兄弟たちも、反対はしまい。トニーは思った。むしろ、この話に乗って来るかもしれない。血の好きな、兄弟だ。
 トニーは入り口のドアを見た。気配があった。
 間もなく、ゆっくりと、ドアが開いた。
 あっけなく、メインホールに入って来る、二つの人影。
「間抜けめ」
 トニーは呟いた。死を前にして、第六感も働かないのか。
 カザギワとは、そんなものなのか。
 トニーは舌打ちをして、部下たちの放った銃弾が、二つの影を蜂の巣にしていく様子を見ていた。
 最初の数秒で絶命していることは明白なのにも関わらず、二つの影は倒れることも許されず、銃弾に体を弄ばれ続けた。
 やがて、ミカドの構成員たちは、持っている銃器に込められた銃弾を撃ち尽くし、引き金から指を離した。
 メインホールのあちこちで、BGMにリズムを刻むように、空の弾倉が落ちる。
 そして、二つの人影が、床に倒れるのが見えた。
「くそっ」
 トニーは悪態をつくと、テーブルを蹴り飛ばした。皿や、グラスが床に落ち、砕け散る。
 しかし、気づいた。
 部下たちに蜂の巣にされた、二つの死体。カザギワではない。玄関ホールに配置した、ミカドの構成員だ。
 トニーは、背筋に寒気が走るのを感じた。
 ホールの中央に、一人の男。いつから、そこにいたのか。
 トニーは、時間が飛んだかのような感覚に囚われた。その男が、ドアの向こうから入って来る瞬間を、トニーは全く目視できなかった。
 男の着た、白に近い灰色のコートがはためく。
 トニーは、目を細めた。光が、フロアの中、至る所で乱反射していた。
 ナイフ。まるで、雪のようだった。
 そのうちの一つが、空中を走って来た。トニーはそれを素手で鷲摑みにした。
 冷たさにも似た心地好い痛みが、掌に生まれる。血が流れる。
 いや、違う。これは、雪などではない。トニーは思った。
 雪は、これほど冷たく、鋭くはない。
 雹か。銀色の、雹。
 見るうちに、雹は、次々とミカドの構成員たちを打ち倒していく。彼らに、反撃の術はなかった。持っている銃は、そのほとんどが空だ。マガジンを替える時間を、雹は与えてくれない。
 間抜けな奴ら。トニーは、秒ごとに命を失っていく部下たちの様子を、のんびりと眺めていた。たとえカザギワに、同じように出し抜かれていたとしても、銃弾を無駄撃ちしていなければ、多少は状況が違ったかもしれない。
 ロングコートの男と、目が合った。そこには、ナイフよりもさらに鋭い、殺気があった。
 悪寒と興奮が、トニーの中で入り混じり、螺旋を作る。腹から胸へと上り詰める。
 歓喜。
 トニーは立ち上がると、それを雄叫びに乗せて、解き放った。
 狼の遠吠えのような、叫び。トニーは、ホールが揺れたように感じた。


つづく
posted by 城 一 at 06:21| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene48

●越智 彰治(おち しょうじ)/銀雹(ぎんひょう)

 敵は、四十。
 彼らがミカドの者たちだというのは、玄関ホールにいた二人の男から、聞き出していた。
 色とりどりの照明と共に、越智はフロアを駆け回った。
 倒した敵の数が二十を超えたところで、銃声が再開した。マガジンの交換をさせないようにと攻撃していたのだが、限界はある。
 越智は舌打ちすると、移動する速度を一段階、上げた。銃弾の雨。まるで大きな生き物のように、ゆらりゆらりと越智を追いかけて来る。
 床を埋めている死体。ミカドの者たちではない。様々な格好で床に倒れている死体たちは、揃いの制服を着ていたり、綺麗に着飾ったりしている。店の者、そして客たちなのだろう。越智は彼らを足蹴にしないよう、その間を縫いながら走った。
 銃弾は、そんなことを構いはしない。死体にも構わず降り注ぎ、弄ぶように、揺らした。
 既に、温度のない体からは、血は散らない。微かに傷口から、どす黒い赤が、ときどきこぼれるだけだ。
 越智は、無意識のうちに歯軋りしていた。
 銃弾の雨に反撃しつつ、視線は自然と別の方向へと流れる。
 黒いベースボールキャップに、ダークブルーのブルゾンを着た、二人の男。帽子の鍔の陰からでも、二人が同じ顔をしているのが分かる。
 このホールの死体たちを作ったのは、彼らだ。
 殺された者たちの致命傷が、ことごとくナイフによるものだったからだ。銃を使っていないとなると、自然と相手は絞られた。ミカドの下位構成員たちは、考えるまでもない。銃以外で、これほどの人数を殺す力は持ち合わせていないはずだ。
 上半身に何も身につけておらず、明らかに他の構成員たちとは異質なものを放っている、金髪の外人には可能かもしれない。
 だが、パンツの前に、銀色に光る大きなデザートイーグルが二丁、差されているのが見えた。
 だから、違う。
 そう考えると、残されるのは彼ら、双子しかいないのだ。見たところ、銃は身につけていない。ブルゾンにも、銃の膨らみはない。
 そして、力もある。金髪の外人と同じように、持っているものが違う。
 残り、十人。
 構成員の数が減るごとに、代わりに双子と金髪の男から感じる殺気が、大きくなってきている。
 越智のこめかみを、汗が伝った。
 全身の毛穴が、開いているような気がした。
 肉迫する所まで来ている殺気に、体が緊張しているのだ。
 金髪の男と、ナイフ使いの双子は、構成員たちのようにはいかないだろう。越智は思った。異質な三人には、ナイフは一本しか届いていない。唯一、届いたのも、金髪の男がわざと素手で掴んだものだ。異質な3人には、金髪の男がわざと素手で掴んだものを除き、ナイフは一つも届いていない。
 構成員の数が、十から一気に、二人まで減った。
 尾張谷が、入り口のドアの陰から、サブマシンガンで援護していた。ホール内で、おびただしい数の敵の銃弾の中で、傷を負うことなく闘えるのは、越智くらいにしかできない芸当だった。
 下位構成員の最後の二人へ、ナイフを放ちながら、テーブルの一つに着地したときだった。
 場には不釣合いな、短く甲高い悲鳴が、越智の耳に届いた。
 明らかに女のものだったが、ホール内には死体しか見当たらない。
 そう思った瞬間、越智が着地したテーブルの下から、女が叫びながら走り出て来た。三人。
 生き残りが、いたのだ。
 瞬間、女たちに気を取られた。
 足下のテーブルが撃ち砕かれる。粉砕したのは、大口径マグナム弾。サブマシンガンなどの銃弾とは、違う。発射したのは、銀色に光るデザートイーグルだった。
「ハロゥ」
 距離、わずか一メートル。金髪の男がそこにいた。
 デザートイーグルが、立て続けに揺れ、轟音を鳴らす。テーブルが壊れたことによって崩れたバランス。越智は瞬時に態勢を立て直すと、高く跳躍した。
 一瞬前まで越智がいた場所が穴だらけになり、床の破片が飛び散った。
 ナイフを放つ。銃に撃ち落とされる。
 コートが激しくはためく。越智は空中でその身を翻すと、自分に向かって突き出された銃口を蹴り飛ばした。
 銃は金髪の男の手から離れなかったが、銃口は越智から逸れた。デザートイーグルは天井付近へと吼えた。
「俺はトニー・プロップ。お前、名前は?」
 男の問いに、越智は答えた。
「銀雹」


つづく
posted by 城 一 at 19:26| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene49

●越智 彰治(おち しょうじ)/銀雹(ぎんひょう)

 越智とトニーの間に、銃弾の線が引かれた。
 トニーが後方へ飛びのく。銃を撃ったのは尾張谷だった。四十人もの構成員たちの銃撃が止み、ようやく足を踏み入れられるようになったのだ。
 泣き叫ぶ声が、さらに加わった。カウンターの陰からだった。女が二人。
 越智は、サブマシンガンを脇に抱えながら走って来る尾張谷と、目を合わせた。そして、首を振り、声を張り上げる。
「女たちを守れ!」
 トニーが越智の隙を伺っている。尾張谷がサブマシンガンで牽制しながら、怒鳴り返してきた。
「馬鹿言わないでください!優先順位ってのが、ある!!」
 尾張谷の言っていることは分かる。しかし。かろうじて生き残っていた女たち。だが、今もなお、その顔には恐怖が張りついている。見過ごすことはできなかった。
 尾張谷が体当たりをするように、越智に肩をぶつけて来た。歯を食いしばるようにして、言う。
「思想のために死ぬつもりはない。そう言ったのは、あなたですよ、銀雹」
「だから言っている。女を、守れ」
 それ以上、言葉は交わさなかった。二人の視線だけが、束の間、絡み合う。
「くそっ」
 何倍にも思える数秒。尾張谷は、吐き出すように言った。パニックに陥りながら、ホール内を逃げ回る女たちの方へと走り出した。
「すまないな、尾張谷」
 越智は呟いた。間髪入れず本能が危険信号を発する。
 視界の端、無数の光。それが何なのか、確認する前に、越智は床を転がった。
 光が素早く、ノックするように床で音を立てる。
 ナイフ。自分のものではない。
 双子。トニーと向き合う越智を、さらに外側から挟み込んでいた。薄暗い表情の下で、口許が笑顔に歪んでいる。その指先は、いくつものナイフで銀色に輝いていた。
 双子は寸分の狂いもない同じ動作で、大きく振りかぶり、両手を胸の前で交差させた。
 ホール内を、無数のナイフが舞い踊る。そのナイフは、越智に襲いかかろうとしている、トニーのことも気にしていない。
 仲間ではないのか。
 疑問を抱いた越智の目の前で、トニーは振り返ることなく、ナイフをことごとくかわしていた。かわせなかったものも、デザートイーグルの銃身で弾き落としている。
 いや。仲間だからと言って、気遣う必要がないのだ。
「厄介だな」
 越智は、思わず呟いていた。


つづく
posted by 城 一 at 22:46| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene50

●尾張谷 秀洋(おわりや ひでひろ)

 あの人は、馬鹿者だ。
 背中が発熱しているのではないか。そう思うほどの殺気の中、尾張谷はメインホールから、生き残っていた者たちを連れ出した。そのまま、玄関ホールも駆け抜け、クラブを出る。
 静かに冷気を含んでいる、夜の空気。クラブの中、メインフロアで起きていることが、遠い別世界の出来事のように感じた。頭と体を落ち着かせながら、尾張谷は生き残った者たちを眺めた。
 男が一人、女が三人。皆、その表情は恐怖と緊張に引きつっている。尾張谷のことを、信用しきれていないのかもしれない。責めることはできなかった。メインフロアが死体だらけになるほどの、虐殺が行われた後なのだ。
 どこにでもいる、普通の者たちだ。ホールで、無残に殺されていた多くの者たちも、同じだ。越智にとって、特別な存在である者は、誰一人としていないはずだ。
 だが、越智は死んだ彼らのために怒り、ミカドが待ち伏せしている中へと、飛び込んだ。尾張谷の静止の言葉も聞かずに。
 何の意味もないことだった。尾張谷は気づかなかったが、血のにおいが立ち込めるような状況になっていたのだ。普通に考えれば、中に生き残りなどいるわけがない。実際には、こうして四人の生き残りがいたわけだが、結果論でしかない。ただの偶然としか、思えなかった。
 ミカドの者たちが、気まぐれで残しておいたに違いない。もしくは、人質として使おうとでも考えていたのか。
 尾張谷は、クラブを振り返った。越智は今、何のために戦っているのか。
 自分が今夜、殺すはずだった者たちのためだ。何を考えているのか。越智の思考回路について考えかけて、尾張谷は首を振った。
 何も考えていないのだ。
 ただ、目の前で無残に殺された者たちのために怒り、奇跡的に生き残っていた者たちのために戦い、命を張っている。今の越智の頭の中には、風際秀二郎から下された命令のことなど、ないに違いない。
 そして、自分の中にある小さな正義のために、戦っている。
 やはり、あの人は馬鹿者だ。
 尾張谷は携帯電話を取り出すと、吉高を呼び出した。
 クラブの周辺を、車で流していた吉高は、十分ほどで来ると言った。
 尾張谷は迷っていた。
 果たして、このまま彼らを逃がしてもいいのだろうか、と。風際秀二郎の命令に、背くことになる。
 カザギワの情報収集能力を、甘く見ることはできない。越智と尾張谷が殺すはずだった者たちを逃がせば、遅かれ早かれ、そのことは風際秀二郎の耳に入るだろう。そうなれば、今戦っている越智の苦労が水泡に帰すどころか、再び、彼に辛い仕事が回される可能性もある。越智の忠誠心を試すべく。
 風際秀二郎と越智彰治。カザギワという組織を立ち上げた二人。絆は深かったが、甘えは許されない関係だ。風際秀二郎はむしろ、今回よりも辛い仕事を、越智に課すかもしれない。
 サブマシンガンの重みが、クラブの中で、ミカドの者たちへ向けて使ったときよりも、なぜか増しているように感じた。
 尾張谷は、指を引き金に置いたり、引き金から離したりしていた。
 時間はない。吉高が来るまでに、決めなければならない。本当ならば、今すぐにでもクラブの中へと引き返し、越智の加勢をしなければならないのだ。
 ふと、助け出した者たちのうちの一人の女が、尾張谷にしなだれかかってきた。
「どうした」
「ありがとうございました。あなたがいなければ、今頃あたしたちはどうなっていたか」
「いいんだ」
 自分の迷いを知っているのだろうか。尾張谷は思った。できることなら、今から殺すかもしれない人間とは、言葉をかわしたくなかった。
 女は構わず、続ける。
「あの、鬼のようなミカドの人たちは、ただ殺すだけでは済まさなかったと思います。あたしたちのことを、殺す前に辱めるか、殺してから辱めるか……。どちらにせよ、非人道的なことをされていたでしょうことは、間違いありません」
「礼なんか、いらない」尾張谷は、女と目を合わせないようにして、言った。「ただ、君たちを助けた男と、俺の顔だけは、忘れた方がいい。とは言っても、今夜起きたことで、覚えておいた方がいいことなんか、ないかもしれないが」
 女は、尾張谷の胸に顔を寄せている。
 女は、大きく胸の開いた、青いドレスを着ていた。深い谷間が見えている。プロポーションがいい。身長はそれほど高くはないが、胸が大きく、腰がくびれている。
 自分が同性愛者でなければ、抱きたい、と考えているのだろうか。尾張谷は考えていた。


つづく
posted by 城 一 at 22:52| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月11日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene51

●尾張谷 秀洋(おわりや ひでひろ)

 車のエンジン音。女が、尾張谷の胸元で、言った。
「連れの方が、いらっしゃったみたいですわ」
 尾張谷は答えなかった。視線は、音のした方に向けたまま。だが、意識は別の方向へと向けていた。女。自分の胸元に、しな垂れかかっている女。その注意が、自分の腰の辺りに向けられていたのは、最初から気づいていた。そこには、尾張谷の愛銃、ピースメーカーが収まっていた。女の狙いが推測できるまでに、そう長くはかからなかった。
 女が手を伸ばした。尾張谷の注意を逸らすことに、成功したと思ったのだ。瞬間、尾張谷は、女の手をそのまま、鷲摑みにした。女の体と表情が凍る。
「いつから?」
「最初から、だ。だが、迷っていた。仲間が、命を賭けてまで助けようとした女だからな」
「残念ね」
 女は力なく笑った。そして、逃げようとするどころか、尾張谷の身を、きつく抱き締めた。女の後ろで、男が刃渡り三十センチほどの短刀を手にして、飛び上がっていた。
 体を拘束されたまま、尾張谷は体をひねった。女の体が、小さく震えた。短刀の刃は、女の青いドレスに彩られた背中に、収まっていた。
「ちくしょう!」
 言いながら、男が短刀を引き抜く。女の体がまた震え、尾張谷の背中に回された腕が、ほどけた。男が、短刀を突き出す。女の体で受ける。女は、何か言おうとしていたが、言葉にならなかった。その目から、光が消えた。女は倒れた。
 男は叫びながら、短刀を振り続けた。無駄だった。女が、尾張谷の身を拘束しても、その刃は届かなかったのだ。
 最後のひと振り。尾張谷は振りきったところを狙って、蹴った。短刀はあっけないほど簡単に、男の手から飛んで行った。
「くそっ」
 男が、短刀を追おうとした。見過ごすつもりはなかった。尾張谷は、男の膝を蹴り抜いた。バランスを崩し、男は地に膝を突いた。
 後ろにいる、女三人は、何が起きているのか、理解できないようだった。彼女たちが、ミカドの構成員である可能性。普通の客だったが、脅され、尾張谷の命を奪うように命令された上で、今、演技をしている可能性。惨劇に巻き込まれた、同情すべき、ただの普通の客である可能性。尾張谷は、それらの各可能性の高さを考えた。そして、舌打ちした。どれも、断定はできない。
 男はまだ、短刀を、自らの手に取り戻す手段を考えているようだった。尾張谷は、男のこめかみを、顎を蹴り、仰向けに地面に転がした。みぞおちに膝を入れ、そのまま首を掴んで地面に押しつけた。尾張谷は、言った。
「ミカドの者なのか?」
 掴まれて動かすことのできない首を、男は一所懸命に振ろうとした。額に、脂汗をかいている。
「違う。俺は……俺は、あの中国人に脅されて。それで、あんたらを騙し討ちにしろって言われて。言う通りにしなけりゃ、殺すって脅されて。仕方なかったんだ。そうだろ?あのイカれた連中を、どうにかすることなんて、俺にはできない」
「そうだな」
「あんな、短刀を渡されて。あんなもんを振り回すのだって、初めてだったんだ。ちくしょう。助けてくれよ。本当は、あんたのことを殺したくなんか、なかったんだ。だから」
「お前が俺の立場だとして、信用するか、その言葉?」
 間が空いた。男は悲鳴を上げるように叫んだ。
「信用するよ!するって!だから、見逃してくれよ。頼むよ。ミカドなんて名前、今日、初めて聞いたんだ。無関係なんだ、俺は」
 男は、泣いていた。尾張谷は、男の表情をあまり見ないようにした。そして、首を振った。
「駄目だ」
 尾張谷は、手にしていたサブマシンガンの銃口を、男に向けた。引き金を引いた。悲鳴が聞こえたが、短過ぎて、悲鳴のようには聞こえなかった。
 まるで、何かを爪の先で引っ掻いたときのような音だった。
 引き金から、指を離した。銃弾で粉砕された、男の頭。いや、頭だったもの。肉片と共に、おびただしいほどの血を、地面にまき散らしていた。
 銃弾が尽きた。スペアのマガジンを入れる。
 腹の奥が、冷えていた。冷たい、夜の空気。それだけが原因でないことは、分かっていた。


つづく
posted by 城 一 at 19:24| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月12日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene52

●尾張谷 秀洋(おわりや ひでひろ)

 男と女。二つの死体を見下ろしながら、尾張谷は舌打ちをした。
 生き残りの存在が分かったときに、既に考えていた。ミカドが潜んでいる可能性を。ミカドではなくても、この二人のように、脅されて、尾張谷たちの命を狙う者がいることも。
 だが。尾張谷は考える。あの、異質のものを放つ者たちは、本気で、尾張谷たちを殺すために、生き残りを作ったのだろうか。
 いや、違う。彼ら生き残りが、尾張谷たちのことを殺せるとは、思っていない。ただ、残してみた≠セけだ。巻き込まれ、死の恐怖で操られた者たちを突きつけて、尾張谷たちの反応を楽しもうとでもしたのだろう。趣味の悪い演出だった。
 感情。命だけでは飽き足らず、それさえも弄ぼうとしている。
 越智には到底、敵わないが、それでも、かなりの数の人間を殺してきた。
 人間を殺すのは、簡単だ。ナイフがあればいい。銃があればいい。引き金にかけた指に、軽く、ごく軽く力を込めればいい。それだけで、人は、死ぬ。
 だが、どうしても殺せないものがあった。それが、感情だった。
 冷えていく、腹の奥底で、その冷たさに抵抗すべく、感情が燃え上がろうとしている。
 ひとたび燃え上がれば、止めることはできないような気がした。生き残りの女、三人。見逃してやりたくて、たまらなかった。だが、そうすれば、殺し屋には戻れない。
 殺し屋でなくなった自分に、この世界での居場所はない。
 尾張谷は顔を上げた。女たちは、見て取った。尾張谷の決断を。女たちの表情が、恐怖に彩られていく。それは、後から後から沸いてくるようだった。恐怖の波は、女たちの顔で渦巻き、彼女たちの表情を醜く歪めていた。
 一人が、必死に首を振った。そして、叫ぶ。金切り声に近かった。
「あたしたちは違う!絶対に、違う!」
 尾張谷は、首を振った。サブマシンガンを握る手に、力を込めながら、独り言を呟くように、言った。
「確かめる術は、ない」
 女たちは、弾けるようにして、その場から散り散りに走り出した。
 尾張谷はなぜか、祈っていた。
 女たちが、自分の目にも止まらぬ速さで、走って行くことを。自分の力の及ばないところまで、一瞬で逃げ去ってくれることを。
 そうすれば、女たちを殺すことはできない。立派な、口実ができる。
 だが、そうはならなかった。
 尾張谷は、女たちの背中を、銃弾の線で繋げた。


つづく
posted by 城 一 at 15:22| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- scene53

●尾張谷 秀洋(おわりや ひでひろ)

 女たちの息が、完全に絶える頃。吉高の乗った車がやって来た。車から降りて来た吉高は、女たちを見下ろす尾張谷の顔を見て、不思議そうな表情をした。
「何か、あったんですか?」
 それはそうだろう。尾張谷は、いつもなら、こんな感傷には浸らない。仕事で殺す相手に、体温を持って接したことはない。
 尾張谷は首を振った。
「いや。この四人の死体を、処理してくれ」
「今、ですか?」
「そうだ。今、すぐにだ。そして、このことは、絶対に銀雹には言うな」
 なぜ。吉高の口が、そう言いかけた。言わせなかった。尾張谷は、吉高を睨みつけて、その言葉を飲み込ませた。
 吉高は気圧されて、話題をすり替えた。
「銀雹は?」
「まだ、中だ」
「時間がかかりますね。銀雹らしくもない」
「ミカドが、いた」
「それはそうでしょう。ここはミカドの縄張り、ヤマツなんですから。そして、ミカドと繋がりがあるから、この店に来ている」
「待ち伏せされていたんだ」
 吉高は、顔をしかめた。
「そんな」
「構成員四十に、格の違うヤツらが四人。どうなってる」
「情報が、漏れている、とでも?」
「そうとしか考えられない」
「スパイ」
「それに、ミカドは、そんなに大きな組だったか?」
「全く。我々からすれば、取るに足らない組のはずです。構成員四十なんて出せば、ミカドにすれば総力戦だ」
 尾張谷は、クラブを振り返った。
「この店が、総力を注ぐに値するか?」
「考えられません。実際に、敵と会ったのは、あなたです。どう、感じましたか?」
「お前と同意見だ。遊んでる。そんな気さえ、する」
「ということは」
「街の風向きが変わってきている。それだけは、確かだ」尾張谷は、吉高を見た。「サブマシンガンの、替えのマガジンは、まだあるか?」
 最後に生き残った女たちを殺したときに、サブマシンガンの弾は尽きていた。
「一つだけ」
 尾張谷は、それを受け取ると、サブマシンガンにセットした。
「気をつけてくださいね」
「ああ」
 なぜ、こんなことをしているのだろう、尾張谷は思った。
 越智を見捨てて、帰ってもいいのだ。越智は、仕事ではなく、取るに足らない、殺し屋には必要ないはずの、ちっぽけな正義感のために戦っているのだ。尾張谷が、そこに加勢しなければならない理由は、なかった。
 ならば、なぜまた、戦場へ戻るのか。
 ちっぽけな正義感。それを、自分も持っているからだ。
 善と呼ばれるもの。悪と呼ばれるもの。二つは、状況によって、複雑に絡み合う。善悪の判断がつかなくなることなど、当たり前のように、ある。
 自分が奪った、命の数。あるとき、数えるのをやめた、数。今ではもう、どれくらい殺したのか、把握することはできない。
仕事に無関係の者を、手にかけたこともある。女、子供、老人。区別したことはない。皆、命令があれば、殺した。
 それでも、自分は諦めることができずにいるのだ。捨てられずにいるのだ。正義と呼ばれるものを。善と呼ばれるものを。
 ちっぽけな正義のために戦っている、越智。そのために戦うことで、自分もまた、その、取るに足らない正義を、手に入れたいのだ。
たとえ、それが幻だと分かっていても。


つづく
posted by 城 一 at 15:28| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月14日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene54

●越智 彰治(おち しょうじ)/銀雹(ぎんひょう)

 ずたずたになった、銀灰色のコートが、床に落ちた。
 同じ色のスーツの下、越智の胸が大きく、激しく上下していた。
「そろそろ限界かな、銀雹?」
 双子の中国人の一人が、粘着質な微笑みを浮かべながら、言った。返事をする間もなく、視界の隅に金髪の男が映る。
  男の拳が、越智の頬を捉えた。が、越智はその拳の速度に合わせて顔を振り、その威力を殺した。勢い余る男の手を掴み、投げ飛ばす。男は、フロアにあるテーブルに、体を強烈に打ちつけて、白目を剥いた。
 隙をつくようにして、越智を投げナイフが狙う。
 越智は床に落としたコートを拾い、はためかせ、それらを全て絡め取った。コートを持っていない方の手には、自分のナイフを握り締めている。
 中国人の二人が、徐々に越智との距離を詰め始めた。一人が言った。
「ナイフは、あといくつ残っているのかな?」
「答えなければならないか?」
 中国人は肩をすくめた。
「彼は、いくつ投げたと思う、李舜鵬?」
李舜鵬と呼ばれた、中国人の双子の片方が、口元を緩めた。
「九十四……六、かな」
 九十六。李舜鵬の言った数は、正確だった。越智は表情を変えずに、心の中で舌打ちをした。
「じゃあ、彼は今、いくつナイフを持っていると思う、李舜英?」
「四。九十六を投げた仮定での話でね。やはり、きりのいい数でナイフを持っているだろうからな。どうかな、銀雹?」
 越智は答えなかった。残っているナイフは、二本だった。
 基本的に、コート及び、スーツの下に仕込むナイフは百にすることにしている。が、いつも正確に、百本があるわけではなかった。今日、仕込んでいたのは九十八本。
 だが、わざわざ正確な数字を、李舜英と李舜鵬に教えてやる義理はない。越智は黙っていた。
 目の前にいる双子の、李兄弟がブルゾンのジッパーを下ろした。
「我々がなんと呼ばれているか、まだ言ってなかったな?」
そう言って、ブルゾンを脱ぎ捨てる。双子の上半身は、銀色に輝いていた。その体を覆っているのは、ナイフだった。
「ユィリン。そう呼ばれている。漢字では、魚の鱗、と書く」
李舜英と李舜鵬は、何気なく話しながらも、ナイフを投げてきていた。越智はナイフをかわしつつ、二人と距離を取るようにして後方へ短く飛んだ。そして、越智は言った。
「ひねりのない名前だ」
 李舜英が、鼻を鳴らした。
「中国ではな、我々は投げナイフを使う殺し屋の中では、最強だったのだ。だが、日本では違った。どこへ行っても、どんなに我々の強さを証明しても、お前の名前が我々の頭上にあった」
 李舜鵬が、その言葉を継ぐ。
「目障りなんだよ、銀雹。お前の名が。だから、今夜消えてもらう。その命を持って、我々の名を最強の座へと押し上げておくれ」
 銀色の鱗が降り注ぐ。
 越智は短く息を吐くと、その場から飛んだ。ただ、高くは飛ばない。そうすれば、必ず空中でその身が停止したところを狙い撃ちにされる。
 低く、床を擦るように、飛ぶ。空間を埋め尽くすようにして舞うナイフたちは、ときどき越智の移動速度と同速度になり、まるで止まったように見える。
 命のやり取りをしている場でなければ、目を奪われそうな光景だ、と越智は思った。


つづく
posted by 城 一 at 16:51| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月16日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene55

●越智 彰治(おち しょうじ)/銀雹(ぎんひょう)

 時間をかけるつもりは、なかった。
 ナイフ、体力。温存しているものは、向こうの方が多い。長期戦になれば、こちらの不利は目に見えていた。
 越智は、高速移動ながら、まるで蛇がうねるように動いた。降り注ぐナイフの間を縫いながら、じわじわと、確実に双子との距離を縮めた。
 狙ったのは、李舜鵬。
 李舜鵬の間合いの寸前で、止まった。距離を縮めずに平行に動く。隙。見つけた瞬間に、これまでよりも一段階速度を上げて、駆けた。
 夕立のようなナイフをやり過ごした後、越智は静寂を迎えた。李舜鵬が、目の前にいた。台風の目に入ったのだ。
 後ろには、李舜英。だが、遠い。越智に攻撃を加えるためには、ナイフを投げなければならないが、そうすれば、李舜鵬に当たる可能性がある。
 息を呑んだ李舜鵬を見て、越智は言った。
「詰みだ」
 直後、越智は自分の目を疑った。李舜鵬は、微笑んでいた。
 後ろから、李舜英の声が聞こえた。ナイフを投げた気配は、ない。しかし、また何かが、越智に危険信号を送っていた。
 いや。何か、ではない。全身が、越智に危険を知らせていた。
「言ってなかったな、銀雹」
 真横。殺気。トニーではない。李舜鵬、李舜英。二人と同じ顔が、そこにいた。
「馬鹿な」
「李舜清だ。よろしく、銀雹。そして、月並だが」
 李舜清が、越智に向けて、両手を差し出すように動かした。
 ナイフ。数えきれない。
 李舜清が言った。
「さようなら」
 コートを巻きつけた左腕に、ナイフが刺さる。痛みを感じる暇など、なかった。
 目の前の李舜鵬が、ナイフを振りかぶっていた。もはや、越智と李舜鵬の距離では、ナイフを投げる必要はない。
 振られた李舜鵬の両手。左右に受け流す。右に握ったナイフで、李舜鵬の頚動脈を狙った。李舜鵬は、ナイフが当たる直前で上体を反らし、そのままバック転で後退した。少し、距離が空いた。
 右から左へ振った腕。弾くように、右へ返した。
 右手からナイフが消える。呻き声。ナイフは、一瞬後、李舜鵬の左目に突き刺さっていた。李舜鵬は、その場に倒れた。
「貴様!」
 振り返る。李舜英。
 左腕に刺さっていたナイフを投げた。鱗に覆われた上半身。弾かれる。一歩で捉えられる距離に、李舜英はいたが、その一歩を踏み込むためには、一瞬、足りなかった。
 ナイフを持った李舜英の両手が、胸の前で交差する。
 来る。
 再び、越智はコートを巻きつけた左腕を、胸の前に構えたが、予想に反して、ナイフは来なかった。
 代わりに、銃声。銃弾の嵐を受け、李舜英の体が吹っ飛んだ。フロアの壁に、激突する。
 しかし、今度もまた、鎧のようなナイフたちが、李舜英を守った。李舜英は、すぐに起き上がった。
 だが、銃弾から身を守ることはできても、衝撃を避けることはできない。起き上がった李舜英は、血を吐いた。自分を襲った者を睨みつけながら、かすれた声で言う。
「貴様、死んでいなかったのか」
 越智は、李舜英が睨みつけている相手を、見た。
 そこにいたのは、尾張谷だった。サブマシンガンを片手に、目にかかった前髪を払っている。
 隙を伺い、尾張谷に襲いかかろうとしていた、李舜清に向けて、尾張谷はまた、サブマシンガンの引き金を引く。李舜清は、銃弾をかわしながら、尾張谷と距離を取った。
 尾張谷の手元で、サブマシンガンが、カチンと音を立てた。弾倉が、空になった。尾張谷は舌打ちすると、サブマシンガンを捨てた。そして、腰の愛銃、ピースメーカーに手を添えて、言った。
「イヅナ。そう呼んでくれ、チャイニーズ・トリオ」


つづく
posted by 城 一 at 19:03| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月18日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene56

●尾張谷 秀洋(おわりや ひでひろ)/イヅナ

 フロアの中を見回す。中国人の兄弟が、一人増えたことは分かったが、見分けがつかなかった。元からいた者。新しく増えた者。
 どうでもいいことか。尾張谷は思った。
 だが、確信を得たこともある。
「あれは、お前たちの仕業か」
 尾張谷は、何も持たないまま、両腕を脇に垂らして、言った。
「何?」
 応じたのは、李舜英だった。撃たれた胸を、手で押さえながら、立つ。銃弾でひしゃげた投げナイフたちが、ばらばらと、胸から床に、剥がれ落ちた。
 尾張谷は、少し後悔した。これ以上言えば、生き残っていた者たちを、全員殺したことが、越智に伝わってしまう。
 尾張谷は、黙ったまま、李舜英を見た。
 双子と思わせ、三人目を隠していること。わざと数人を、生き残らせること。恐怖で心を操作し、敵の命を狙わせること。
 同じ人間の発想だ。
 束の間、尾張谷と李舜英は、視線を絡め合った。
 李舜英の口許が、歪む。
「そうさ」
 尾張谷は、歯軋りをした。
「下衆が」
「そう言うなよ、イヅナ。ええ?あれはな、チャンスをやったんだよ、チャンスを。分かるだろ?追い詰められた人間がな、最高に輝くときがあるんだよ。たった、ひと握りのチャンスでな」李舜英は、無傷の尾張谷を見て、悪びれもせず、肩をすくめた。「彼らは、輝くことができなかったみたいだが。残念ながら」
 李舜英は、胸に当てた手で、ナイフを握っていた。小さな動作だった。注意していなければ、見逃してしまうほどの。尾張谷は、気づいたことを悟られないよう、息を潜めた。動かさずに、ピースメーカーに添えた指先に、神経を集中する。
「何の話だ」
 越智が言った。
「分からないかい、銀雹?」李舜英が言った。「あんた、凄腕の殺し屋のくせに、おつむの方は、随分うぶにできてるんだな」
「黙れ」尾張谷は、李舜英を睨みつけた。
「答えろ、イヅナ」越智が言った。
「その必要はありません」
「イヅナ」
 李舜英の口角が、どんどん上がっていく。心底、愉快そうに、尾張谷と越智のことを見ていた。そして、それに隠れて、体の中で、体重を移動させていた。攻撃の態勢に入っていた。
 もはやそれは、目でみることができない。尾張谷は、感覚で把握していた。
 李舜英が言った。
「答えてやれよ、イヅナ。生き残りは全員、始末しましたってさ」
「お前っ!」
 尾張谷の怒声の先。李舜英の体が弾けるように動いた。
 ナイフ。
 いくつも飛んだうちの一つが、尾張谷の腹に刺さった。が、浅い。
 一つは、床に落ちた。甲高い金属音。ナイフには、銃弾が突き刺さっていた。
 尾張谷は、歩き出した。ナイフの刺さった腹に、さほど、痛みはない。
「馬鹿な」
 李舜英は呟いた。言葉と共に、口から、胸から、腹から、血が溢れる。ナイフを穿ったものを除いた、全ての銃弾が、李舜英の体に撃ち込まれていた。
 尾張谷が歩を進める度、空薬莢が、床で音を立てる。
 尾張谷は、排莢し終えると、ピースメーカーに、弾を込め直した。
「撃ったのが、見えなかった」
 李舜英が言った。
「当たり前さ。カザギワのガンマンが、蝿の止まる速度で、銃を撃つとでも?」
「くそったれ」
「お前が手負いじゃなければ、もう少し、やれたかもしれないけど」
「あいつらめ。あの、使えない、無能の凡人共め!あいつらがせめて、もっとうまくやって、てめえに傷を負わせてたら」
「繰り返すのは、好きじゃないんだが」尾張谷は、撃鉄を上げ、銃口を李舜英の額に突きつけた。「黙れ」
 尾張谷は引き金を引いた。


つづく
posted by 城 一 at 22:56| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月21日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene57(ver 2.0)

●尾張谷 秀洋(おわりや ひでひろ)/イヅナ

 一発。尾張谷はまた、ピースメーカーに弾を込めた。
 怒声が、尾張谷の鼓膜を揺らす。残った二人の、李兄弟の怒声だった。
 瞬く間に、フロアに殺気が満ちた。彼らが使う、ナイフに似て、鋭い。尾張谷は、殺気の刃で、自らの体が串刺しにされているような気がした。
 ひと呼吸置いて、本物のナイフが、来た。だが、尾張谷は焦らなかった。李舜鵬と李舜英、二人のことを、一瞥しただけ。銃口を向けもしなかった。
 にも関わらず、ナイフは一つも、尾張谷に届かなかった。ことごとく、床に叩き落された。
「気に入らないな」
 越智が、いた。その背中が現れるのには、まばたき一つがあれば、十分だった。
 越智彰治の背中。尾張谷が、最も信頼を寄せる、背中だ。その背中越しに、尾張谷は、ナイフが床に、金属音のスコールを降らせるのを、聞いた。
 尾張谷は言った。
「何がです?」
「こうして、俺が守るのが、当たり前みたいな振る舞いだ、まるで」
「当たり前じゃないですか。俺は、あなたのスタンド・プレーに、仕方なくつき合ってる立場なんですよ」
「仕方なく」
「そうです」尾張谷は、腹に刺さったナイフを、抜いた。「ナイフ、いりますか?」
 越智は、戦闘中のわずかな隙に拾った、自分のナイフを使っていた。両手に、一本ずつ。
「いる。スラックスのポケットの中に、入れておいてくれ」
 尾張谷は、言われた通りにした。
「彼らは、本当に」言いかけて、越智は口をつぐんだ。
「本当に?」
「いや、いい。忘れてくれ」
 最後まで聞かなくても、尾張谷には分かった。生き残っていた者たちのこと。越智が尋ねようとしたのは、つまるところ、それだった。だが、やめた。越智にも、分かっているのだ。彼らがどうなったか、などは。曖昧。その二文字のオブラートに包んでおくべき事柄は、この世界には、たくさんある。特に、殺し屋の世界には。
「記憶がなくなるまで、飲みたい気分ですよ、今夜は」
「同感だな」
「さ、あの中国人の兄弟を分けましょう」尾張谷は、越智の肩越しに、李舜鵬と李舜清を見た。「右と左、どっちを取ります?」
「何を言ってる、イヅナ」
「何がです?」
 もう一人いる。越智のその言葉が、吹っ飛んだ。
STAFF ONLY≠ニ書かれた扉で、尾張谷は背中を打った。息が、詰まる。
 トニー・プロップ。
 尾張谷は、悪態をつきながら、銃を撃った。こめかみから頭全体へ、激痛が脈打っていた。鐘の音が、重々しくなるように。景色が、黒く沈んだり、白く弾けたりした。銃弾は、一つもトニーに当たらなかった。
「イヅナ!」
 越智が叫んだ。しかし、尾張谷を助けには来れなかった。一人減ったとは言え、まだ、二人残っているのだ。
「大丈夫です!」
 尾張谷は、叫び返した。強がりだった。頭が、ぐらぐらした。立ち上がるので精一杯だった。
 殴られたこめかみが、熱を持っていた。触れた指先が、べっとりと赤く、濡れた。
 トニーは、尾張谷の血で濡れた指輪を、舐めた。一歩一歩、踏み締めながら、尾張谷へと近づいて来る。
 ピースメーカーに、弾を込め直す暇は、なかった。ドアで背中を支えながら、尾張谷は言った。
「くたばったと思っていたよ」
 トニーが、にやりと笑った。尾張谷は、微笑み返そうとしたが、できなかった。
 蹴り。尾張谷はドアごと、廊下へ吹っ飛んだ。
 尾張谷は息を呑んだ。体が、軋んだ。折れた。肋骨が、三本。自分の体だ。医者に診断してもらわなくとも、分かる。
「馬鹿力め」尾張谷は呟いた。


つづく
posted by 城 一 at 06:43| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月23日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene58

●尾張谷 秀洋(おわりや ひでひろ)/イヅナ

 トニーは、首を左右に倒し、ばきばきと鳴らした。
「いやはや、参ったよ。奴は本物だな。あの、くそったれの銀雹は。ええ?」
「あんたは化け物さ。ミスタ・マッチョ」
「トニーだ。トニー・プロップ」
「知ってる」
 飛んだ。尾張谷は、空中で体を縦に回転させると、踵落としを食らわせた。トニーに、こたえた様子はない。
 腿、腹、胸。尾張谷は蹴った。手応えは、ない。肝心な急所は、巧みに外されていた。膝、肘。関節への攻撃は防がれた。
 こめかみへの一撃。届かない。それどころか、尾張谷は、トニーに足を鷲掴みにされた。
「礼儀ってもんがさ、あるよな。どの国でもよ」トニーは言った。尾張谷の体が、宙に舞った。投げられていた。片手で、だ。それでも、十メートル近く飛んだ。「相手が名乗ったらよ、自分も名乗るよな?それが、礼儀ってやつだ」
 距離が、空いていた。チャンスだった。
 尾張谷は、銃に弾を込めた。この作業が、煩わしい。そう感じる、久し振りの相手だった。
 だが、この銃で生きて来た。変える気はない。他の銃を使いはしても、結局、最後に頼れるのは、この一丁だけだった。コルト・シングル・アクション・アーミー。これからも、この銃と生きて行く。
 三発。込められたのは、それだけだった。気づいたときには、トニーはもう、そこにいた。眼前。
 四発目。込めるか込めないか、迷った。判断が遅れた。引き金を引き絞る。撃鉄を叩こうとしたが、できなかった。
 蹴り。トニーの足は、鉄塊のように、尾張谷の腕を砕いた。撃鉄を叩く、右腕を。ぐしゃり。廊下に響くほどの、音。尾張谷が、ガンマンとして、致命傷を負ったことを、告げていた。
 トニーは、首を掴んで、尾張谷を立たせた。そのまま、尾張谷の足が床から離れるまで、持ち上げる。
「反省しな、優男。礼儀を欠くと、こうなるのさ」
 尾張谷は、左手親指で、撃鉄を起こそうとした。トニーがそれを見て、首を振った。
「ノー、ノー、ノー、ベイビ」そう言うと、トニーは尾張谷の親指を掴み、折った。尾張谷の呻き声が、廊下に響き渡る。「人の話はちゃんと聞くもんさ」
「ファック・ユー」
 尾張谷は、かすれた声で、一語一語、はっきりと唇を動かして、言った。
 トニーのこめかみに、青筋が浮いた。
 壁。尾張谷の体が、叩きつけられる。トニーは、尾張谷に指を突きつけた。
「お前は見下げたジャップだ。本当だぜ。嘘、偽りなく。最低の気分だ」
「喜ばしい限りだな」
 また、尾張谷は、壁に叩きつけられた。二度、三度。喉が潰れないのが、不思議なくらいだった。両足が床を離れてから、永遠と思えるほどの時間が、経っている気がした。
 尾張谷の体を、壁に押しつけたまま、トニーは拳を引いた。どくろを象った指輪が、禍々しく光る。トニーは言った。
「人生の締めくくりに、残したい言葉があれば、聞いとくぜ」
「ファック・ユー」
 トニーは拳を放った。
 銀のどくろはしかし、尾張谷の長い睫毛に触れた所で、止まった。
 トニーと尾張谷は、一発の銃声の残響を聞いていた。
 丸く見開いた目で、トニーは自分の腹を、見た。確かにそこには、銃弾が撃ち込まれていた。傷口から、血が流れ出していた。
「お前の右腕は潰した。左の親指も、折った。撃鉄を叩くことも、起こすことも、できないはずだ」
 トニーの手が、尾張谷の首から離れた。尾張谷の足が、床を捉える。そのまま、くずおれてしまいそうになるのを、尾張谷は、何とか踏み止まった。
「そう、俺には」尾張谷は言った。トニーは顔をしかめたままだ。体を支えきれなくなり、拳を握っていた手を、壁に突いた。「まだ分からないのかい? じゃあ、実演してやるよ」
 尾張谷は、引き金を引き絞ったまま、銃の撃鉄の部分を、トニーの腕に、下から擦るようにして、叩きつけた。寸前、トニーは気づいて、かわそうとしたが、できなかった。血の流れる穴が、トニーの腹に、増えた。
 尾張谷は、傷ついた体で、弱々しく肩をすくめた。
「こういうことさ。単純だろ?」
 トニーは、何も言わなかった。光の薄れていく瞳で、尾張谷を見つめながら、膝を突いた。
 今度は、尾張谷は、顎を使って銃の撃鉄を起こした。トニーの腹に向かって、撃つ。
 トニーは体を微かに揺らすと、口から血を溢れさせた。目が、虚ろだった。
 尾張谷は、痛みをこらえながら排莢し、弾を込め直した。
「さて。人生の締めくくりだ。残したい言葉は、あるかい?」
 尾張谷は言って、銃口をトニーに向けた。トニーは、口から血を流したまま、何も言わなかった。尾張谷は、銃を下ろした。
 トニー・プロップは、絶命していた。
「ノーコメントか」尾張谷は言った。「簡潔で、いいことだな」


つづく
posted by 城 一 at 07:16| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月27日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene59

●越智 彰治(おち しょうじ)/銀雹(ぎんひょう)

 いくつか、傷が増えた。だが、長くはかからなかった。
 頚動脈から、鮮血をほとばしらせる、李舜清。手のひらで傷口を押さえたが、大した効果はなかった。
 李舜清は、唇を動かして、何か言おうとしていた。言葉は出て来なかった。
 越智は、李舜清の心臓を、ナイフで突き上げた。李舜清の目から、光が消えた。
「嘘だ。嘘に決まっている。こんなこと、あるわけが」
 李舜鵬は、その場にくずおれた。その表情に、殺気は欠片も残っていなかった。
 見逃すつもりはなかった。加減するつもりも。越智は、李舜清の左胸から、ナイフを抜いた。ナイフは隙間なく、李舜清の血をまとっていた。
 越智が、李舜鵬に向かって、構えたときだった。
「警察です!」
 フロアに駆け込んで来たのは、吉高だった。
 入れ替わるようにして、李舜鵬が、店員用の通用口を抜けて行った。そちらには裏口があった。そして、尾張谷がいた。
 走った。
 まず、越智は安堵した。李舜鵬の狙いは尾張谷ではなかった。トニーとの戦いで、満身創痍だったが、生きていた。
 その後で、舌打ちした。李舜鵬が既に、廊下の突き当たりにある、裏口のドアに、たどり着いていたからだ。
 あれだけの人間を殺しておきながら、状況が不利になれば、逃げるのか。越智は思わず、歯軋りしていた。
 追いすがろうとした。が、吉高に止められた。
「少しでいい。時間を稼げ」越智は言った。
「無理です、銀雹」
 越智は、吉高を睨んだ。
「賄賂を使えばいい」
「限界があります。状況をよく見てください。死体の山です。いや、山≠ニいう表現でも、足りないくらいだ」
 裏口のドアが開き、閉まる音がした。
 フロアでは、吉高の部下たちが、越智の使ったナイフを、回収していた。
「ボスの判断ミスもあるかもしれませんが、とにかく、今回は派手にやり過ぎました。既に、かなり厳しい状況なんです」
「俺は、ボスの命令に、従っただけだ」
「分かっています。しかし」吉高も、歯を食いしばっていた。「今回のことで、今後のあなたの行動が、かなり制限されるかもしれません」
「なぜ」
「自分でも、分かっているはずです。あなたは、強い。だが、それが故に、常に厳しい仕事を任される。厳しい仕事は大抵、敵が多い。たとえ敵が少なくても、必ず、大事になる。多くの一般人を巻き込むことになる。それに、あなたはにはトレードマークがある」
「投げナイフ」
「あなたが実際に使ったものが、証拠として警察に渡っているかどうかは、分かりませんが」
 李舜鵬の姿は、もう消えた。越智は悪態をついた。吉高が、言った。
「抑えてください、銀雹。あなたは、カザギワのトップの殺し屋なんです。あなたに何かあれば、組織が傾いても、おかしくはない」
「いい。それ以上、言うな」
「銀雹」
「イヅナを運び出す。いいな?」
「分かりました」
 越智は尾張谷の上半身に回り、脇の下に、腕を差し入れた。尾張谷が、ひどい呻き声を上げた。吉高は、尾張谷の下半身を持った。
 越智は、傷だらけの尾張谷を見て、言った。
「ひどい有様だ」
「死んじまうよりは、ましでしょう。商売道具は、いかれちまって、しばらくは使えないかもしれませんが」
 尾張谷は、自分の右腕を見て、力なく笑った。尾張谷の腕は、あらぬ方向に曲がっていた。
「いずれ、治るさ」
「そう願いたいです」
 吉高と共に、尾張谷を車の後部座席に運び込んだ。
 パトカーの、サイレンの音。確かに、すぐ近くまで、やって来ていた。
 越智は、惨劇の場所となってしまったクラブを、振り返った。
 仕事の後、越智はいつも思う。自分は、何を得たのだろう、と。頭に浮かぶものは、いつも少ない。自分が生きていること。それくらいだった。
 それに比べて、失ったものは。
「銀雹、急いでください」
「ああ」
 越智は、考えるのをやめた。失ったものは、いつも、多過ぎた。そして、それが殺し屋という職業だった。
 越智は、車に乗り込んだ。
「何か、気になることでも?」吉高が言った。
「いや」
 ただ、疲れていた。体がひどく、重かった。
「二人共、病院へ運びます。少し、お休みになられた方が」
 尾張谷は既に、後部座席で寝息を立てていた。
 吉高の忠告に従うことにした。越智は、目を閉じた。


つづく
posted by 城 一 at 06:34| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月28日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene60(ver 2.0)

●越智 彰治(おち しょうじ)/銀雹(ぎんひょう)

 しばらくは、表立って動くことが、できなかった。
 警察が、動いていた。カザギワは、警察の幹部の一部と繋がっていたが、限界がある。賄賂の額にも、金の影響力にも。
 自らの正義を貫こうとする輩も、少なからず、いるということだ。だが、潔癖の者が、上り詰めることはできない。正義に固執する者の出世、増加は、常に底辺で頭打ちになる。
 吉高の言う通り、投げナイフが、ネックになった。今回の件も含め、警察は、越智の投げナイフを、いくつか入手していた。お陰で、たとえ、使ったナイフを全て回収しても、傷口から、越智の存在が、伝わるようになっていた。
 あとは、現場を押さえるだけ。越智が、ナイフを使って殺しをする、現場を。
 越智は過去に、警察の世話になったことがない。それだけが救いだった。指紋から、越智へとたどり着く術は、ない。
 ナイフの携帯が、禁止された。風際秀二郎、直々の命令。聞かないわけには、いかなかった。支給されたのは、オートマティックの銃。マカロフ。カナコ・ローディンから、越智は渋々、受け取った。
 動けなかったのは、怪我のせいもあった。
 一週間、療養した後、サラを訪ねた。人を殺した分だけ、腹の奥底で、性欲が渦巻いていた。
 しかし、追い返された。ミイラ男とセックスする趣味はない。越智はサラに、そう言われた。
 別の女を抱こうかと考えたが、やめた。さらに一週間、療養した。今度はサラに追い返されることはなかった。
 サラ・ルルコフは、高級娼婦だった。仕事のための、自分の部屋を持っていた。ホテルの、一室。越智はそこで、三日過ごした。
 その間にも、越智は慶慎と連絡を取ろうとした。が、できなかった。いつも、文永か女が電話に出るか、不通だった。
 越智は直接、文永と慶慎の住むマンションを訪ねた。インターホンを押しても、誰も出なかった。何度やっても、同じだった。文永の携帯電話の電源は、切られていた。
 越智は、文永の仕事場に行った。文永が、入れ墨の彫り師として働く場所だ。街にあるテナントビルの、地下一階に、文永の仕事場があった。
 階段を下りると、ワインレッドに塗られた、厚い木製のドアがあった。CLOSED≠ニ書かれたプレートが、ぶら下がっていた。
 信じなかった。越智は、ドアを拳で叩いた。誰も、出て来ない。叩き続けた。時々、ドア越しに、耳を澄ませた。中で、誰かが動く気配が、あった。
 蹴破ろう。越智が思ったとき、ドアが開いた。
「いい加減にしないと、ぶっ殺すわよ」
 出て来たのは、女だった。黒いパンティに、黄色いTシャツ。ブラジャーもつけていなかった。乳首がTシャツの生地に、浮いていた。
 首、左側に、入れ墨があった。まだ、花びらに色の入っていない、薔薇。
 女は、苛立たしげに、開けたドアを、拳で叩いた。
「ちょっとあんた、聞いてんの」
「文永は?」
 女の目に、警戒の色が浮かんだ。
「誰なの、あんた」
 答えず、越智は、店の中に入った。
 女が、越智のコートを掴もうとする。振り払った。
 応接室を通り抜ける。対になった、黒い合成皮革のソファ。挟まれて、ガラステーブル。壁には、大きなコルクボードがあった。今まで、文永の入れ墨を彫ってもらった者たちの、ポラロイドカメラで撮った、写真が貼りつけてあった。
 奥に、入れ墨を彫るための部屋があった。中央に、簡易ベッド。それを取り囲むようにして、スチール製の机や、道具の入った棚が並んでいた。
 文永は、部屋に入って来た越智を見て、顔をしかめた。
「何だ、越智?」
「慶慎はどこにいる?」
「そんなことで、ここに来るなよ。あいつは、家だよ」
「行ったが、誰も出なかった」
「寝てたんだろうさ」
「長い間、慶慎の顔を見ていない」
「だから?」文永の語気が、わずかに荒くなった。「お前は、うちの息子に会わないと、禁断症状が出るのか?」
「慶慎に会いたい」
「仕事中だ」文永は、部屋の外を指差して、言った。「出て失せろ」
「父親としての仕事は? きちんと、やっているのか?」
「何だ? お前の言ってる、父親としての仕事ってのは。人が仕事してる最中に邪魔しに来て、説教垂れることなのか?」
「ひと目でいい。慶慎の顔を見れば、俺は満足する」
「男を満足させたって、何も嬉しくないし、楽しくない。もう一度言うぜ、越智。出て行け」
「文永」
「もういいじゃん。がきのことくらい」女が、作業部屋の入り口にもたれて、言った。「病院だよ、病院」
 文永が、缶ビールを床に叩きつけた。女を怒鳴りつける。
「てめえ、何勝手に口きいてやがる。ええ? 何様なんだ、お前。この、くそあま」
 越智は、文永を殴り飛ばした。慶慎が、病院にいる。風邪のためではない事情で。そんなことは、聞かなくても分かった。
 文永の罵声を背中で聞きながら、越智は店を出た。
 慶慎の利用する病院は、知っていた。


つづく
posted by 城 一 at 05:07| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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