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最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2006年11月29日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene61

●越智 彰治(おち しょうじ)/銀雹(ぎんひょう)

 診療所に、越智はいた。
 岸田海恵子という女が一人でやっている、小さな診療所だ。文永の下に引き取られてから、慶慎はここを利用していた。風邪を引いたときも。喘息の発作が、起きたときも。そして、文永の虐待が度を越して、慶慎がひどい怪我を負ったときも。海恵子は、内科専門だったが、ある程度、外科医としての治療も行った。海恵子の診療所は、慶慎にとって、避難所の役割も果たしていた。
 越智の顔を見て、海恵子は言った。
「ああ、あんた。ほんと、熱心だね。あの子のことになると。引き取らないくせに」
「カザギワのボスの息子から、その子供を奪えるのか?」
「そうだったね」
 海恵子は疲れた様子で、小さく笑った。
「で、慶慎は」
「ここにゃいない」
 越智は、鳩尾が軋むのを感じた。悪い予感がした。
「なぜ」
「ついて来な」

 海恵子に連れて来られたのは、市内の総合病院だった。小規模だが、入院施設も治療、手術のための設備も、整っている。
 裏を返せば、それだけの設備が、慶慎には必要だったということだ。
 海恵子が案内したのは、個室だった。海恵子は、小首を傾げる仕草で、中に入れ、と合図した。
 一瞬、躊躇した。が、越智はドアノブを捻った。
 頭の中に描いていた、最悪の構図。越智の目に映る光景が、それをなぞっていく。
「ちくしょう。馬鹿な」越智は、声が上擦るのを、抑えきれなかった。「慶慎」
 ビニールの幕の向こうに、慶慎は、いた。
 ベッドの上、上半身はほとんど、包帯だらけだった。左目が、包帯とガーゼで覆われていた。左腕、肘から下と右脚に、ギプス。右手の甲からは、点滴の管が伸びていた。
 慶慎の左胸に見えたものが気になって、越智は、慶慎の上衣をめくった。
「文永。あの、くそったれ」
 タトゥー。トライバルと呼ばれる類のものだ。慶慎の左胸を、覆っていた。黒い、炎のような模様だった。
「今回は最悪だったよ」海恵子が言った。「打撲、骨折もそうだけど、それに加えて肺炎にもかかってた。しかも、発症から数日経ってからでね。あたしの所に来たのが。でも、あたしの手に余る状態だった。だから、ここに運び込んだのさ」海恵子はそこで、首を振った。「正直、死んでもおかしくなかった」
「今は、もう?」
「しばらく安静にしてりゃ、治る。この子の、体はね。だが、もう限界だろう」
「何がだ」
「こういう子を見るのは、初めてじゃない。賭けてもいいよ。この子が、次、病院に運び込まれて来るようなことがあったら、それが最後さ。内臓破裂で、あの世行きさ」
「文永は」
「反省するかもね。さすがに、この光景を見りゃね。けど、この子の傷が治れば、またやるよ。必ずね。信じられないかい? あたしもさ。で、奴自身も、そうなのさ。この子をこんなひどい目に遭わせた、奴自身も。俺は、自分の息子に、何てことをしちまったんだ≠チてね。でも、数ヵ月後にはまた暴力を振るって、同じ目に遭わせて、同じ光景を目にして、叫ぶのさ。信じられない!=B趣味の悪いコントだ」
「どこかに、かくまおう」
「あんたが、面倒見てくれるのかい?」
 越智は、答えることができなかった。慶慎の父親は、カザギワのボスである風際秀二郎の息子、風際文永だ。自分の都合だけで生きる男だ。そして、普段は冷静なはずの風際秀二郎は、文永のこととなると、判断力を失う。場合によっては、慶慎をかくまうことで、カザギワに反旗を翻したと解釈される可能性もあるのだ。
「あんたのことを責めやしない。だから、もういい加減諦めな。誰も苦しまない方法で、この子のことを助けるのは、不可能なんだよ」
「しかし」
「一度、試したことがあるじゃないか。あたしの所で。そのときは、どうなった? 奴はある日、強引に乗り込んで来て、慶慎を連れてった。治療費だって言われて、あたしは腹を撃たれた。あのね、彰治。あたしが殺される程度で、この子が救われるなら、こんな老いぼれの命、くれてやるよ。でもね、それじゃ何も変わらないんだ。この子が、余計な罪悪感を持つだけさ。自分のせいで、人が死んだ、とね。そうなると、どうなる? 自分の内側に引きこもるようになる。誰にも相談しなくなる。迷惑かけると思ってね。こういう、虐待を受ける子に限って、馬鹿みたいに優しい子なのさ。それで結局、バッド・エンドだ。何も、変わらない」
「慶慎がここにいることは、誰にも言わない」
「それで、奴はおとなしくなる? ないね。奴はまた、自分のちんぴら軍団を使って、慶慎のいそうな場所を片っ端から荒らし始める」
「今、文永に部下はいない」
「そんなもの、すぐにまたできるよ。街のちんぴら、かき集めりゃいいだけなんだから。それに、荒らすのは一人でもできる。何てったって、あいつは、街で有名な殺し屋集団、我らがカザギワのボスの、息子なんだから。いくら暴れられても、手出しできない。あいつは、思いつく場所のドアを蹴破って、中に銃口突っ込みゃいいんだ」
 越智は、壁を殴った。海恵子は続けた。
「あたしたちは、散々、考えたじゃないか、彰治。無理なんだよ。慶慎のいる環境は悪過ぎる。解決方法は、一つしかないんだよ」
 海恵子は、ベッドの上の慶慎を見た。その表情は、乾いて、疲労が滲んでいた。涙を流し尽くした後の、乾きだった。
 海恵子は、越智の肩を叩くと、病室を出て行った。
 慶慎が、目を開けていた。そして、言った。
「師匠」


つづく
posted by 城 一 at 06:28| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月30日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene62

●越智 彰治(おち しょうじ)

 慶慎の目から、涙がこぼれた。
「師匠」
 越智の方へと向けて、手を伸ばす。とても、弱々しかった。越智は、ビニールの幕の内側に入り、慶慎のベッドに腰かけた。差し出された手を、握った。
 途端、慶慎は泣き叫ぼうとした。が、それは、苦痛の滲んだ、悲鳴のような呻き声に変わった。
 慶慎は、胸の辺りを押さえていた。怪我が、痛んだのかもしれない。越智は思った。それとも、入れ墨を彫った部分なのか。
 慶慎の左胸は、墨を入れた部分は鮮やかだったが、それを取り囲む肌は、赤く、腫れていた。
 その上、慶慎の唇は、切れていた。泣き叫べば、塞がりかけている傷口が、また開く。
「大丈夫か?」
 慶慎は、左胸を押さえたまま、深くうなだれていた。越智には、ただ、その様子を見守ることしか、できなかった。
 慶慎の呻き声はやがて、嗚咽に変わった。
「僕は、たぶん」慶慎は、言葉に詰まりながら、言った。「殺し屋になるつもりなんか、ありませんでした。何より、現実感がなかったんです。ただ、師匠といると、居心地がいいから。優しくても、厳しくても、師匠は僕に、真剣に接してくれるから。だから僕は、殺し屋になると言って訓練を受けてたんです。ごめんなさい、師匠。僕は、嘘をついてたんです」
「いい。お前は、真剣に訓練していた」
「でも、そのうちに、殺し屋になるってことが、現実味を帯びてきました。生活のために、人を殺す職業が。僕は、怖くなったんです」
「誰だって、そうなる」
「だから僕は、答えを先延ばしにしてきました。師匠は、僕を、父さんから守るためだ、と言ってました。そのために、殺し屋になれって。カザギワから逃れられないのなら、カザギワに守ってもらえって」
「ああ」
「僕は、そう言われても、やっぱり怖くて。だから、考えたんです。逆に、僕が、父さんに暴力を振るわれることを我慢すれば、殺し屋にならなくてもいいんだって。生きるために人を殺さなくても、いいんだって。だから、僕は我慢した。殴られても、蹴られても、我慢したんだ。誰も、殺したくなんかないから。それに……それに、もしかしたら、父さんが虐待をやめてくれるかもしれないって思ったんだ。いつか、優しくしてくれるかもしれないって。他の人の父親みたいに、僕の頭を優しく撫でてくれる日がくるんじゃないかって。普通の父親みたいに」
 越智はいつの間にか、自分が、歯を食いしばっていることに気づいた。
 普通の父親。慶慎が望むものは、持っている者にとっては、当たり前のものだ。だが、慶慎にとっては、果てしなく遠いものだった。
「間違いでした。父さんは、やめたりなんかしなかった。それどころか、ひどくなるばかりだった。海恵子さんに、言われました。次、ここに来るとき、あんたはきっと、死んでる≠チて。僕も……僕も、そう思います。僕は――」
 越智の手を握り返す、慶慎の手。込められた力が、強くなっていた。爪が食い込むほどに。越智は、気にしなかった。
「僕は、死にたくない。生きていたい」
 言わなければならなかった。息を吸い、吐いた。長い沈黙の後、越智は言った。
「ならば、殺し屋になれ、慶慎。お前には、それしかないんだ」
 慶慎は、一際大きな嗚咽を漏らした。腰にかかった布団が、涙で濡れていた。越智は、黙ってそれを見ていた。
 沈黙が続いた。そして、慶慎は言った。短く、一言だけ。
「はい」


つづく
posted by 城 一 at 07:51| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月01日

ブログ小説 焔-HOMURA- scene63

●風際 慶慎(かざぎわ けいしん)

 持てるものを、全て見せた。
 元来より備えていた、身体能力。師である、越智彰治より与えられた、人を殺すための、技術。
 テスト。慶慎が、カザギワの殺し屋として認められるためのものだった。評価するのは、風際秀二郎、ただ一人。越智が同席していたが、慶慎を助けることはおろか、声をかけることさえ、許されなかった。
 病院を退院してから、三ヶ月が経っていた。ギプスや包帯はもう、慶慎の体に残っていない。あるのは、左目の眼帯だけ。不安があったが、杞憂に終わった。慶慎の体は、軽かった。よく、動いた。
 たくさんの銃を与えられた。ナイフを与えられた。カザギワの本拠地がある、ビルの地階。そこにある、射撃訓練場では、標的の、指定された場所に、全ての武器を命中させた。銃弾。投げナイフ。
 全てが終わると、今度は一転して、ビルの最上階へと連れて行かれた。風際秀二郎の部屋のみがある、フロア。
 風際秀二郎は、移動の間も、何も言わなかった。慶慎は不安に駆られた。言われたことは全て、高い水準でこなして見せたのにも関わらず、不合格を言い渡されるのではないか、と。
 全ての決定権は、ボスである、風際秀二郎にあるのだ。越智が何と言おうと、風際秀二郎が、首を縦に振らなければ、慶慎はカザギワの殺し屋として、認められない。
 最上階に着いた。
 緊張と不安の度合いが、増した。慶慎は、すがるようにして、越智を見た。風際秀二郎から止められているので、何も言わなかったが、越智は、慶慎を元気づけるように頷いた。
 最上階に、ものはほとんどない。そのままでも、バスケットボールの試合ができるのではないかと思うほど、広かった。
 中央より、わずかに奥。机があった。そして、黒い牛革の椅子。
 椅子に座ると、ようやく、風際秀二郎は口を開いた。
「服を、脱げ」
 慶慎は、上に着ていた、黒いジャージを脱いだ。風際秀二郎を見たが、頷かない。下に着ていたTシャツも、脱いだ。
 風際秀二郎は、目を細めた。その視線の先には、タトゥーがあった。
「文永が、彫ったのか?」
「そうです」
「まるで、黒く燃えさかる、炎のようだ」
 入れ墨が見たかったのだろうか。慶慎が思っていると、風際秀二郎が言った。
「下もだ。全て、脱げ」
 理由も分からないまま、慶慎は言われた通りにした。
「窓へ」
 最上階の西側と東側は、全面ガラス張りになっていた。
 怪訝な表情が、顔に出るのを抑えるのに、慶慎は苦労した。高いビルの最上階とは言え、窓越しに、裸体をさらすのには、やはり、抵抗がある。
 慶慎の心情を察したのか、風際秀二郎は言った。
「大丈夫だ。マジックミラーになっている。外からは、見えない」
「はい」
 見えないと分かっていても、やはり、恥ずかしかった。すぐにでも、慶慎は服を着たかった。
「何か、感じないか?」
「感じません」
「目を閉じろ」
 慶慎は、目を閉じた。
「何も、感じないか。本当に?」
 感じた。
 激しい音が、窓ガラスを叩いた。
 そのときにはもう、床へ飛んでいた。何が起きたのか、瞬時に理解していた。狙撃。狙われている人物は、一人しかいない。慶慎は、風際秀二郎の下へ、駆け寄ろうとした。カザギワのボスを、守るために。越智は既に、慶慎の目的地に到着していた。
 が、慶慎は足を止めた。異変に気づいたからだ。
 撃たれたのにも関わらず、ガラスは割れていなかった。部屋の空気とは裏腹に、風際秀二郎は、リラックスしきっていた。
 風際秀二郎は言った。
「防弾だ。心配ない」
「どういうことです」慶慎よりも先に、風際秀二郎の側にたどり着いた越智が、口を開いていた。「もし万が一、貫通すれば、彼は死んでいた」
 窓を見、銃弾の当たった場所を思い出す。慶慎は、背中に悪寒を感じた。
 銃弾が当たったのは、窓際に立っていた慶慎の、額の位置だった。
「殺し屋にも、運は必要だ。そして、野生的な勘も」
「しかし」
「越智、下がれ。慶慎、ここへ」
 慶慎は初めて、風際秀二郎に、名前で呼ばれたような気がした。
「合格だ。お前を、カザギワの殺し屋として、認める」
 もう、後戻りはできない。
 認められた喜び。殺し屋という肩書きへの、抵抗。二つが相まって、複雑な感情となり、慶慎のみぞおちを震わせていた。
 慶慎は言った。
「ありがとうございます」
「仕事のときのために、名前がいる。何か、名乗りたい名は、あるか?」
 考えてもなかったことだった。慶慎は、小さく首を振った。風際秀二郎は頷くと、慶慎の左胸を指差した。文永の彫った、入れ墨を。
「そこから取る」風際秀二郎は、言った。「お前の名は、焔(ほむら)だ」
 心臓を掴まれたような気がした。焔。その名前に。息が詰まった。
 長い間を置いて、慶慎は頷いた。
「はい」
 涙が頬を伝った。喉の震えのない、静かな涙だった。自分が今、なぜ泣いているのか、慶慎には、全く分からなかった。



焔 第一部 了
posted by 城 一 at 06:39| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA- あとがき

 ブログ小説「焔-HOMURA-」は、以前別ブログにて連載していたものに、加筆修正を加えたものです。拙文ながら、読んでくださった皆様にお礼申し上げます。

 正直、最初舐めてました。僕は北方謙三先生の「水滸伝」が大好きで、とても読んで感動した作品だったので、「あ〜、ああいう作品書きて〜」と思ったわけです。んで、長年温めてはいたものの、なんだか煮詰め過ぎて、このままでは煮崩れしちまうんじゃねえかと感じ始めていた作品が、一つ。それが「焔-HOMURA-」だったわけです。

 プロットとか設定は温めていたものの、全く書いていなかったので、作品としては生まれていないのも同じ状況でした。そんな中、ブログというツールを得て、「ぐだぐだ言わず、いっちょ飛び込んでみるか! 俺には北方謙三の水滸伝があるし!」みたいな感じでパーッと書き始めちゃったわけですね。

 僕がブログを始めたのが、携帯での閲覧に特化したブログだったことなどもあり、それには北方謙三の、もー無駄なことは全く書かないスタイルがぴたりとくるんじゃねえかと思ってたのです。

 書き始めて、まあスタイル的にはぴたりと来てたわけですが、なにぶん、北方謙三に比べれば、まだまだひよっこ。そのスタイルで書くのが早かったのか、単にスキル不足なのかなんなのか、書いているうちに頭空っぽになっちゃいまして。

 あと掲載先が、表現(主にエロ。乳首とか)にとてもきつかったこととかもあり、紆余曲折を経て、このシーサーで始め、ようやく一部完結とまあ、格好はなんとかついてるかな? くらいのところまでたどり着いた感じです。

 この小説、どうでしたでしょうか?

 まあ、反省点を挙げれば、もちろんきりはないのですが、一番の反省点は、主人公として据えたはずの風際慶慎少年が、ほとんど全く出て来ないっつうことですよね。ありゃ問題だと思うよ僕も。でもさ、しょうがないじゃん。どう考えても、あいつ出て来ないんだもん。物語の中でも引っ込み思案なんだもん。

 僕が伝えたかったことは、伝わったのでしょうか。ここまで書いてみて、よくよく考えてみると、やっぱ慶慎と父親の関係とか、彼らの置かれた状況を伝えるために、ものすごい遠回りした感じになってるのかな。むう。

 そんなこんなで、あとがきをしめさせていただきますが、もちろん続きますよ。はい。そう宣言することで、少々自分を追い詰めてみたりなんかして。

 時節からは、風際慶慎少年も、殺し屋になったことで、もう少し活動してくれるんじゃないかと思っていますが。

 では、第二部をお楽しみに。近々、始める予定だよ。(とは言え、ペースは激遅になるとご覚悟を。だって、今度は加筆修正じゃなくてゼロからの出発だから)
posted by 城 一 at 06:59| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月08日

ブログ小説 焔-HOMURA- 総集編



かつて“家庭”と呼び そう信じていたものへ



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posted by 城 一 at 00:32| 長編小説 焔-HOMURA- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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