Gusuku LABELへようこそ!
最近、自分がフリーメールを活用できない人間だってことに気付きました。

2009年01月05日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第216回(2版)


人形.


 リタは、風際慶慎の監禁部屋を訪れた。<ナンバーズ>の少年たちが、慶慎に暴行を加えていた。慶慎は拘束されておらず、意志さえあれば四肢を動かせる状態だったが、そうしない。ただ、殴られ、踏まれ、蹴られるままにされている。ただ、うわごとのように、「彼女を笑うな」と何度も呪文のように唱えている。彼女。市間安希のことだった。彼女は度重なるレイプの影響で、艶やかな漆黒だった髪の色が抜け、白髪になってしまっていた。テレビの画面の向こうで、それが<アンバー・ワールド>や<ナンバーズ>から、笑いものにされている。

 部屋にリタが入って来たことに気付くと、見張り役を任せていた<ナンバーズ>の少年たちは怯えた表情を見せた。慶慎への暴力を許可した覚えはない。リタが一言、アイザックに言えば、彼らはたやすく死体になる。それを分かっているのだ。リタは言った。

「アイザックを呼んだりなんか、しないわ。けど、自重しなさい。それは、わたしの玩具なの。わたしの知らないところで、壊されてしまってはたまらないわ」

 既にもう、壊れてしまっているのかもしれないが。リタは思った。<ナンバーズ>たちを部屋から出て行かせて、床に転がった慶慎を見下ろす。もはや、人形と呼んでも差し支えない。

 不快な臭いがして、リタは慶慎の下半身を見た。慶慎は、小便を漏らしていた。リタは、慶慎の体から衣服を全て脱がせ、濡らしたタオルを用意して、それで慶慎の体を拭いた。知る限りでは慶慎に暴力を振るっていない<ナンバーズ>を呼びつけて、慶慎に新しい服を用意させる。黒いTシャツ、暗赤色のフリース。膝が白くなった、ごく薄い色のジーパン。最後に、丈が足下まである黒のダウンジャケットを着せる。点滴のことを考える必要はなかった。医者がもう大丈夫だと言ったので、もう輸血はしていない。

 慶慎の体を抱え上げ、椅子に座らせる。首ががくんと前方に倒れる。リタはその頬を両手で支えた。キスをしてみる。慶慎は何も言わなかった。目の焦点も合っていない。笑うな。力なく、そう言った。「分かったわ」とリタは答えた。慶慎にその言葉が届いたのかは、分からない。

 ノックのあとで、部屋にアイザックが入って来た。三人の少年を従えている。<ナンバーズ>の中に、アンバーやリタよりも、アイザックに同調する者が現われたのだ。アイザックは彼らを“兄弟”と呼び、左の袖だけ鮮やかな赤色をした、白いキルティングジャケットを与えた。その他の格好は、統一していない。黒いワッチキャップをかぶったのが、バラッド。長く伸ばした長髪を金色に染め、後ろで縛ってポニーテールにしたのが、ジャズ。黒髪に、目の覚めるような青い瞳を持ったのが、ブルース。アイザックがキルティングジャケットとともに、彼らに与えた暗号名(コード・ネーム)だった。

「少しの間、ここを離れなくちゃならない。職人と直接会って、新しい義手の最終調整をしなくちゃならない」アイザックは言った。

「大丈夫よ。わたしには、新しい騎士(ナイト)がいる」

「ヨシトのことか。そうだね。あの子なら、君のことを十分に守ってくれる」アイザックは、慶慎を見た。「少し、その子のことが羨ましいよ。君の、そんな目を見たのは、初めてだ」

「どんな目?」

「今にも泣き出しそうな。それでいて、たくさんの人が乗った船をいくらでも、平然と飲み込む、嵐で荒れた海のような目さ」

「そう」

 では。そう言って、アイザックは“兄弟”を連れて出て行った。リタは、もう一度慶慎にキスをした。慶慎は何の反応も示さなかった。

つづく




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posted by 城 一 at 00:18| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月26日

短編小説 クリスマス・キャロル 1


1


 古傷が疼いていた。私は煙草に火をつけて、何とか、傷のある左脇腹から意識を逸らそうとした。試みは成功しない。だが、いつものことだった。

 十二月。最初の週の金曜日だった。温暖化のせいで不安定になった季節は、いまだに腰を落ち着けようとしていない。昨日は、この時期ではあり得ないほどの暖気が、街を覆っていた雪をすっかり溶かしてしまった。冬の格好で外に出ると、背中にじっとりと汗をかくほどだった。今日は打って変わって、街の住人たちの背中がそっくり丸くなってしまうほど冷え込んでいる。息を吸い込むと、鼻孔が凍ってしまいそうだった。この分だと、雪化粧が再び街を白く染めるのも時間の問題だろう。街がそわそわしているのは、クリスマスを目前に控えているからということだけではない。

 私は牧場にいた。経営者のピーター・ディオロウは、ねずみのように動きが素早く、落ち着かない小男で、常に嘲笑に似た表情を浮かべている。彼は《協会》から派遣されてきたトナカイたちがいる場所に私を案内すると、即座に姿を消した。今は、《協会》との連絡役を務める、アリッサ・ボウエンと仕事の内容について確認をしているところだった。クリスマス前のルーティン・ワークで、話の内容には特に目新しいこともなかったし、私は古傷の疼きから意識を逸らすのに忙しかった。アリッサが言った。

「話を聞いてるの、クレイグ?」

「もちろんだ」

 アリッサは小首を傾げ、両手を広げ、目を大きく開いて、私に話の復唱を促した。私は携帯用の灰皿に吸殻を捨て、新しい煙草に火をつけた。アリッサは溜め息を隠さなかった。

「大が付くほどの不況の中だ。今年はいつもよりも、俺たちを狙った強盗が多発する可能性があるから、気を付けろって話だよ、坊主」

 ジャック・B・ドレスデンが言った。《協会》から派遣される、飛行能力を有するトナカイは皆、人語を解する。彼は自分の年が、人のそれに換算すると八十歳になることを知って以来、周囲の人間を、軒並み子ども扱いすることを覚えた。そうなってから数年が経っているから、今では九十か百歳に及ぶところにまで来ているのかもしれない。老齢のトナカイの頭部に生える左側の角は折れていた。傷つくことなく残っている方の角も、年のせいなのか、冬の落葉樹のように弱々しく、どこか寂しげだった。《協会》のトナカイは、雄も雌も、角の生え変わりがない。残念ながら、ジャックの角が双方ともに揃うことはもうない。ジャックは、折れずに残っている方の角で、私の左脇腹を突こうとした。軽くステップを踏んで後退し、私はそれをかわした。視線で、アリッサがそのことに気付いたのが分かった。私は胸の内で舌打ちをした。この老いぼれたトナカイは近頃、長い月日の積み重ねが、時折、人にもたらす類の、意地の悪さを身に付け始めている。アリッサは鹿革の手袋を脱いで、ジャックの口許に触れた。視線は意識的に、私から逸らされていた。

「これは、ボランティアでやってもらっていることよ。誰も強要しない。あなたはいつでも辞めることができる。今からでも」

「分かった上で、ここに来ている。君らがすべきなのは、配達人たちを、彼らが傷付けられる危険性から守る措置を講じることだ」

「わたしたちは常に、そのように努めているわ。毎年、最新の防弾、防刃加工の施された服をあなたたちに貸し出している。今年も例外ではないわ。金属板が埋め込んであるから、包丁の刃も通さない」

「あるいはジャックナイフから」ジャックが言った。

「お喋りが過ぎるな、じいさん。残っている方の角は、俺が折ってやろうか」

 ジャックは目を細めた。このトナカイは、年を重ねるほどに、人間のように笑顔を浮かべることがうまくなってきている。

「お前さんがたの着る服が、どうして赤い色をしてるのか、教えてやろうか」ジャックが言った。「たとえ暴漢のナイフや銃弾が、最新の防弾、防刃技術をすり抜けて、お前さんがたを傷付けても、血を流していることを他の連中に知られないためさ」

「血は、真っ先に人の笑顔を奪うからな」

「分かってるじゃないか、坊主」

「あなたたちは長年連れ添ったコンビでしょう。もう少し上手な距離の取り方があるんじゃない?」アリッサが言った。

「傷の舐め合いをしろとでも言うのかい、お嬢ちゃん。あんたとなら大歓迎だが」

「トナカイが、人間の雌を相手に欲情するなんて、知らなかったわ」

「欲情なんてしないさ。セクハラの仕方を知っているだけでね」

「意地の悪いトナカイね」

「同意見だな」私は言った。

「ハ、ハ、ハ」

 老いぼれのトナカイは、人の笑い声を真似た。



 牧場を出る頃には、日は暮れていた。私は古い型のトヨタ・カムリを操って家路についた。傷の疼きは断続的だった。気付くと、道中見つけた酒屋の駐車場に車を入れていた。少しの間、エンジンをかけたままにして、考えにふけった。何台かの車が駐車場に入り、買いものを済ませて出て行った。燃料の無駄になる。そう理由を付けてエンジンを切り、酒屋に入ってスコッチを買った。それからは寄り道もせずに家に帰った。カーテンが開けっ放しになっていた窓から、蛍光灯のような満月の光が差し込んでいた。月光は強かった。私は明かりをつけずに、居間のソファに座った。スコッチを開け、グラスに注いだ。そして、それを見つめていた。

 世間からサンタクロースと呼ばれるものを務めるようになってから、十数年が経とうとしている。数年前、プレゼントを届けに入った家で、空き巣と鉢合わせした。私には彼と事を構えようという気はなかったが、相手はパニックに陥っていた。なだめる間もなく、私は空き巣が持っていたジャックナイフで左脇腹を刺された。血が全て、着ていた服に吸い込まれたのは、不幸中の幸いだった。血痕とともに届けられたプレゼントを、誰が喜べるだろう? それに、空き巣の男が私と鉢合わせしたのは、仕事に取り掛かる前だった。その家は何も失うことなく、クリスマスを過ごした。

 だが私は、その日流した血とともに、何かを失っていた。以前よりも、酒に対する欲求が強くなった。実際に手を出したとしても自分を失うことはなく、刺された傷の疼きを抑えることもできたが、その代わりに酒は、悪夢を連れてきた。刺されたときの感覚を、記憶に残っているものよりも鮮明な形で蘇らせるのだ。酒を飲んだあとの眠りは、決まって私に後悔をもたらした。禁酒を誓っては破ることを繰り返していた。今日も、そんな日のうちの一日のようだった。何度もスコッチのにおいを嗅いでは、グラスをテーブルの上に戻した。

 ジャックの角を折ったのは、リョウジ・オダという少年だった。長身で肉付きがよく、十歳という年にしては、かなりがっしりとした体格をしていた。リョウジは、よくいるサンタクロースの正体を暴きたがる少年の一人だった。そしてその試みに成功し、私たちを捕まえ、ふざけてジャックに乗り、彼を無理矢理、操ろうとした。子どもは動物を操ろうとするとき、手綱などには目もくれない。リョウジはジャックの角をレバーに見立てて、力を込めて前後に揺らした。まるで、戦闘機を操るつもりであるかのように。ジャックの角が折れたのは、その結果だった。リョウジには悪意はなく、折れてしまった角を見て、泣き出してしまったほどだった。ジャックはリョウジのことを責めなかった。だが、考えてみると、ジャックの底意地が悪くなり始めたのは、角が折れてからかもしれなかった。

 時計を見ると、早朝と呼んだ方が似つかわしい時刻になっていた。私はグラスを取って、スコッチをシンクに捨てた。壜の中身もそうした。コートを脱ぎ、シャワーを浴びた。そしてベッドに入った。眠りはすぐに訪れた。



クリスマス・キャロル(仮題)ブログ用 1

プロトタイプ 1版
posted by 城 一 at 05:19| 短編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

長文になったからこっちにアップ、12月26日の一足遅れのメリクリ日記。

 前回の更新から、サクッと一ヶ月経ってしまいました。突発的に天から下りてくる「おやりなさい」というお告げに従い、小説を書くための作業ルーチンを再構築しておりました。もう少し分かりやすく説明しますと、「俺の小説ってどこにあるの?」という呪文を唱えながら、万年筆を使って手で書いていたものを、パソコンで書くようにしたり、パソコンで書いていたものを、手で書いてみたり、横向きで書いていたものを縦にしたり、またその逆の工程をたどったりを繰り返すことです。今回は、手書き/縦だったものをパソコン書き/縦に変更しました。

 何が違うのとおっしゃる方もいるかもしれません。が、僕のことに限定させていただくのならば、絶対的に違います。脳みその働き方が。万年筆を握ろうが、キーボードを叩こうが、そこには字の綴られる速度と、思考の回転の速度があることには変わりありません。

 この二つの速度がぴったりと重なることは、まずありません。そもそも、思考の回転に速度という表現が的を得ているのかさえ分かりません。僕の頭は文章を書く場合、それが明瞭であれ、おぼろげであれ、まず全体像を描こうとします。そしてそこから、過去へ未来へ右往左往。全ての点を線で繋げて、距離を時間で割ると、尋常じゃない速度が算出されるわけで。はたして僕のスクラップ寸前のポンコツ脳が、そんな性能を秘めているのかと首を傾げざるを得ません。出力したときには文章という形を取ってはいても、脳内では絵を描いていることに近いかもしれず、絵を描く際の筆の一振り一振りの時速を計算して出したところで、ねえ? 一枚の絵を完成させるまでの速度なら、計算してもさほど的外れじゃないかもしれませんけれども。

 執筆と思考の回転にはそもそも、カテゴリの違いがあるのかもしれない。それは別にしても、手書きとパソコン書きには、確実に速度に違いがあるわけです。北方謙三は手書きで、一日に原稿用紙十枚ペースで書くことできるという話を聞いたことがありますが、経験値の低い僕に、そんなことが可能なわけがない。ある程度の速度で書くことは可能なんですが、頭の中で物語が枯渇し、すぐに筆が止まることになる。キーボードを叩くよりも確実に、僕の手書きは遅い。融通の利かない我らがポンコツ脳は、僕の手書きの速度なんか素知らぬ顔で、物語の過去から現在、未来を行ったり来たり。時間の経過は余計な言葉を削ぎ落とす。いいことのように聞こえるんだけれども、はて、出来上がったものを見てみると、「あれ、何だか言葉の濃度がやけに低くない?」という感じになるわけです。濃度の低さが即デメリットに繋がるわけでは、もちろんないのです。それはイコール、伝わりやすさ、言葉の飲み込みやすさにも繋がるわけですから。それでもそのことに疑念を抱いてしまう僕は、やっぱり手書きは性に合わないのかしらんと思わざるを得ない。

 以上のことが今回の作業ルーチン再構築に至る工程。で、キーボードを書く方にシフトして、作業ルーチンを一新。今までは見向きもしなかったプロットの製作なんてものにも、手を出しました。お陰で、今まで以上に、自分の書きたいものが書けるようになったけれど、慣れないので時間がかかる。しかも新しい作業ルーチンを採用したのが『焔』ではなく、別に温めてる作品の方だったので、余計に『焔』の進行は停滞して、このていたらくというわけです。今回アップしたのは、作業ルーチンの再構築に付きもののスランプを脱出したからではなく、ストックが一回分余計にあることに気付いたからです。なので、一定の更新ペースを取り戻すのには、まだ時間がかかるのです。すいません。

 っつか、クリスマスに合わせて短編小説を書くつもりだったんです。書いてるんです。二週間くらい前から、現在の作業ルーチンで製作し始めて、「こりゃいいものができるぞ、しかもすぐに。うっひょっひょ」とか思ってたら、さっくりクリスマスをオーバーラン。地面に両膝ものですねこれは。確認してみたら、プロットとか本文とか登場人物とか設定とか、全部まるっと合わせて千二百文字×二十ページ分あるって何なの。本当に短編なの? 俺、馬鹿なの? とか、アイデンティティの奥深くにまでぐっさりと突き刺さる自問自答を繰り返さざるを得ません。ま、確実に前進はしてるんですけどね。それだけが救い。

《余談》
 羽海野チカの『3月のライオン』が、心に優しい図書・オブ・ザ・イヤーを受賞しました。僕の中で。あれはとても良い図書です。漫画を図書って言っていいの? なんて雑音には耳を貸しません。

 そう言えば、十二月上旬に胃腸炎でぶっ倒れました。そうだ。『焔』遅延の要因の一つです、これ。一、二ヶ月前に近所にできた某牛丼屋。自炊嫌いの僕の救世主になっていたそのお店の一品に、がっつりいかれました。その日は特に、その牛丼屋さんでしかご飯を食べていないので、ほぼ決定的。びっくりしました。何だかお腹がもやもやしていたので、「ああ、俺も好き放題にお肉を食したら、胃もたれをする年になってしまったんやー(注 道産子)」とか悲嘆にくれていたのですが、全然そんなん関係なかった。翌朝目が覚めると、「あ。俺吐く」との確信とともに、トイレへダッシュ&リバース。まさか胃腸炎などとは夢にも思わず、起きてまだ気持ち悪かったら胃薬だなと思いつつ、寸断された夢の中へ帰る僕。一、二時間後、再びの目覚め。再びの「あ。俺吐く」&ゴー。まだ、「嗚呼、俺も好き放題にお肉を食したら(以下略)」と思っていた僕は、諦めずに布団の中へゴーホーム。一、二時間後、三度のリバースには至らなかったものの、今度は全く起き上がれない。体に力が入らない。何だこれは。何だこの重力は。あれか。悟空やベジータは、こんな中で修業をしていたのか。さすがZ戦士。緊急事態やで(生粋の道産子)。近所の病院に直行しましたところ、熱も余裕の八度オーバー。下された診断が胃腸炎。三日間くらい寝込みました。

 そうです。これです。胃腸炎。これが、長らく小説の更新が遅延している原因に他なりません。ここまで色々語ったけど、アレ全部なしの方向で。原因は胃腸炎。絶対そう。あの牛丼屋め。でも僕、牛丼大好きなんで、今はもうそこにまた通ってます。特に胃腸炎も胃もたれもないので、もう大丈夫。ああ、牛丼屋大好き。胃腸炎を起こしたときに食べてたメニューは多分、一生食べないでしょうけれども。

 胃腸炎中に、アマゾンから『ダークナイト』のDVDが届いたのが、せめてもの救いでした。『ダークナイト』は本当に、何度見ても良い。バットマン格好良い。クリスティアン・ベールもヒース・レジャーも、アーロン・エッカートも、その他、前回の『バットマン・ビギンズ』からのレギュラー陣の方々も、みんな好き。『ダークナイト』は僕の宝物でございます。『ダークナイト』みたいに、みぞおちに食らわせるキツい一発のような小説を書けるようになりたいところです。
posted by 城 一 at 02:45| Message from Gusuku | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第215回(3版)


本当の味方。


 アンバーは、自らの顔に指先を食い込ませた。

 あいつ。

 記憶に蘇るリヴァの顔が、思考回路を焦げ付かせる。

 アンバーはまだ、リヴァと会ったビルにいた。建物中を歩き回り、床をかきむしり、壁を蹴りつけ、人目につかぬように息を潜めていた無線式のカメラを一つ残らず見つけ、破壊した。リヴァが座っていた椅子も同様に、床に何度も叩きつけて、跡形もなく壊した。

「俺は、やってない」

 誰にともなく、アンバーは言った。誰も答えない。真実がどこにあるのかを知らない上に、気休めを言うことを嫌っているのではない。ビルの中には、アンバー以外に、息をしている者はいなかった。<ナンバーズ>たちは皆、それぞれの姿勢で床に倒れ、絶命していた。アンバーに撃たれたのだ。疑心に満ちた、彼らの視線に耐えられなくなった、アンバーに。

「俺は、違う」

 アンバーは、ジーパンのポケットから“切手(スタンプ)”を取り出した。ドラッグ。LSDが染み込んだ切手だ。リタ・オルパートがアンバーや、<アンバー・ワールド>、<ナンバーズ>の面々に配っている代物。それを使えば、雑音をシャット・アウトすることができた。俺がリヨを殺した? 冗談じゃない。そんなことは、あり得ない。アンバーは、切手を舌に乗せ、LSDが唾液で溶けるのを待った。祈るように、床に額を擦り付ける。ゆっくりと深く、呼吸をする。世界が、やすりをかけられたかのように滑らかになり、全ての音がクラシック・ミュージックのようにゆったりと、おごそかに流れ出す。

 やがて顔を上げ、立ち上がると、アンバーはリタ・オルパートに電話をかけた。電話口に出たリタに、言う。

「なあ、リタ。俺は、リヨを殺してないよな?」

 リタは即答した。

『ええ、もちろんよ。何かあったの、アンバー?』

「リヨを殺したのは、俺だって言う奴が来たんだ」

『ひどい奴ね。きっと、<カザギワ>の人間ね。自分たちが犯した罪を少しでも減らすために、あなたになすり付けようとしてるのよ』

「だろ? 俺も、そう思ったんだ」

『あなたがそう思うのなら、間違いはないわ。何せ、現場にいたのはあなたなんですもの』

「そうだよな」

『そうよ』

 アンバーはリタに礼を言い、電話を切った。ビルを出て、<quilt>に向かう。S&W M629ショーティのこと。リヨのこと。あのガキに教えた人間は、他に考えられない。アンバーが店に入ると、小田豊春は、隈ができた虚ろな視線で、マグカップの中、冷めきったレモネードを見つめていた。小田は言った。

「来ると思っていたよ。来ないでほしいとも思ってたけどな。お前さんがここに来るのは、俺の中じゃ、最悪のシナリオだった」

「俺を裏切ったな」

「そんなこと、しちゃいないよ」

「あいつに、あいつらに。<カザギワ>に、銃を渡した。でたらめを吹き込んだ」

「<カザギワ>なんか、くそくらえだ。現実を見ろ、アンバー」

「くそくらえなのは、あんただ」

 アンバーは短機関銃を撃った。あるだけの弾を、小田の体に撃ち込む。彼の体から飛び散った血がレモネードに混ざり、赤く汚す。

「本当の味方が誰なのかも、分からなくなっちまったんだな、アンバー」

 小田は血を吐きながら、弱々しくそう呟き、死んだ。アンバーは弾が残っていないのにも関わらず、小田に向かって短機関銃の引き金を引き続けた。それだけでは収まらなくなり、短機関銃をバットのように握り、小田の頭に振り下ろした。何度も、何度も。小田の体が血に塗れ、誰とも見分けがつかなくなった頃、アンバーは店を出た。

<FOSTER>のメンバーに、電話をかける。インターネットで、アンバーの映像が出回っているのかと尋ねる。イエスという返事が返ってくる。

「それで? お前は、それをどう思う?」

『取るに足らないでたらめさ。気にすることはねえよ、アンバー』

「ああ、そうだ。そうだよな」アンバーは言った。「ところで、新しい曲が頭に浮かんだんだ。今、頭が究極に冴えててね。そっちに戻ったら、やってみよう」

『そいつは素敵だ』

つづく




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posted by 城 一 at 00:49| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月21日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第214回(3版)


劇場2.


 アンバーが後ろに従えている少年たちは皆、同じ格好をしていた。茶系の迷彩柄のミリタリールック。まるで、軍隊みたいだ。リヴァは思った。

 アンバーは無言のままリヴァに歩み寄り、その額に短機関銃(サブマシンガン)の銃口を突きつけた。同様に無言のまま、ダンクが異議を唱えるようにして、パイプベッドから立ち上がった。アンバーが連れて来た<アンバー・ワールド>の少年たちの短機関銃が、ダンクに向けられる。ダンクは微塵もたじろがず、六つの銃口を睨んだが、リヴァに一瞥されると、おどけて両手を挙げた。リヴァは、ガラステーブルの上から、ジップロックに入った拳銃を取り、ダンクと同じように両手を挙げてみせた。

「何やら、誤解が生じていると俺は推測するね」リヴァは言った。「俺はただ、あんたに、昔あんたが所有していた拳銃が、俺の手元にあると、人づてに伝えただけだ。こいつは、そんなに大事なもんなのか? 戦争をおっ始められそうなくらい、武装して来るほど?」

 アンバーは、黒のダウンジャケットに、深いブルーのジーパン、黒いミリタリーブーツを履いていた。そして、黒いベースボールキャップ。帽子の鍔の下で、両の瞳が殺気で燃えている。アンバーは、リヴァの手にある拳銃を睨んだ。

「そいつを寄越せ」

 アンバーが手を伸ばす。リヴァはそれから逃れるようにして、拳銃とともに身を翻した。

「ヘイ、ヘイ。そいつはないんじゃないか、アンバーさんよ。誰がいつ、“ご自由にお持ちください”って言った? 普通、こいつを手に入れるには、街を歩き回って銃の密売人を見つけて、万単位の金を用意しなきゃならないんだぜ? 最新のゲーム機を一つ、もしかすると、二つ三つ買えるくらいの金をな」

「いくら欲しいんだ?」

「三十万」

「最新のゲーム機が二つ三つじゃ、済まない値段だ」

「そう!」リヴァは両の手のひらを、大きな音を立てて合わせた。「なぜならば、こいつはただのS&W M629ショーティじゃないからだ。あんたが喉から手が出るほど欲しがってるという、付加価値が付いている」

「なるほど」

「それに、知ってるぜ? あんた、街で人気のバンド<アンダーワールド>のメンバーじゃないか。CDの売れ行きは好調なんだろ? それくらい、楽に出せるんじゃないのか?」

 アンバーは、リヴァに向かって、一歩踏み出した。間合いが詰まる。

「この銃口から弾を出す方が、俺にとっては楽だな」

「あまり怖いこと言うなよ、ベイビ。俺は小心者なんだ。小便ちびっちまうよ」リヴァは言った。「オーケイ。二十万だ」

 アンバーは、ダウンジャケットの内ポケットから、細長い封筒を取り出し、ガラステーブルの上に放った。

「十万ある。前金だ。残りの十万は、あとでやる」

 リヴァは口許を緩め、両手の人差し指でアンバーを指した。

「憎いね。金を要求されることは、想定内だったわけだ」

「まあな。さあ、そいつを寄越せ」

「全額即金じゃない分、時間をもらおうかな」リヴァは踊るようにしてアンバーの手から逃れ、くるくると回る。耳に詰めている無線機は、さりげなく掲げた拳銃で隠す。「どうして、そんなにこいつが欲しいんだ? ただ、S&W M629ショーティが欲しいだけなら、街を少しばかり歩き回りゃいい。下手をやらなきゃ、値段も二分の一以下で済む。なのに、あんたはこいつに固執する。この、ジップロックに入ってる拳銃に。なぜだ? どうして、こいつじゃなきゃいけない?」

「黙って、そいつを寄越せ。二十万が手に入る機会(チャンス)を、ふいにしたいのか?」

「時に、好奇心は金銭を上回る」

 アンバーが短機関銃(サブマシンガン)の引き金を引いた。ダンクが跳躍しようとした。リヴァは目でそれを制した。銃弾はリヴァの体には当たらず、すぐ近くの床を穿っただけだった。

「お前は、自分の命もふいにしたいのか?」

 リヴァは肩をすくめた。

「オーケイ、オーケイ。分かったよ」

 アンバーに、ジップロックに入った拳銃を放る。アンバーは満足そうな表情を浮かべたが、それは一瞬だけだった。目の色がさっと変わる。

「こいつは違う」アンバーは言った。「どういうことだ」

「何の話かな?」リヴァはガラステーブルに腰掛け、封筒の中身を確認していた。「うむ。確かに、十万円、いただきました」

 アンバーの手元で短機関銃が吼えた。ガラステーブルのガラスの部分が砕け散る。リヴァは座る部分を失って、もんどりうって床に転がり、尻餅を突いた。

「説明しろ。さもなくば、殺すぞ」アンバーが言った。

「説明も何も。あんたが、そいつが欲しいと言った。俺は金を要求した。商談が成立した。俺は十万を受け取った。あんたはその銃を受け取った」

「俺が言っているのは、そういうことじゃない」

「商談は至ってシンプルだった。落ち度があるとすれば、あんたの方だと俺は考えるね」

「これ以上、俺をおちょくるなら、今度は本当に、お前の体に弾をぶち込むぞ」

 リヴァは、履いていたカーゴパンツに付いた埃を、手で払った。深呼吸して、アンバーを見る。そして、間合いを詰めた。一息で。銃口が腹に食い込むのも構わず、鼻息が届きそうな所まで顔を近付ける。

「なら、第二幕に移ろう」リヴァは言った。「第一幕じゃあ、道化役は俺だったが、今度は違う。第二幕の道化役はお前だ」

「何を言ってる」

 アンバーが怖気付き、一歩後退する。丸腰なのにも関わらず、リヴァは口許に微笑を浮かべながら、一歩踏み込み、アンバーを追いかける。アンバーの手にある、ジップロック入りの拳銃を指差す。

「お前は勘違いした。それが、お前が知っていて、他人に持っていてほしくない拳銃だと。だが、違った。レプリカみたいなもんさ。種類は全く同じだがね。“本物”は、別の場所にある。お前が殺気立って、今まさにそうしてるように、銃を持って乗り込んで来るのは目に見えていたからな」

「お前が何を言ってるのか、俺にはさっぱり分からない」

「そうかな? ヘイ、そこの<アンバー・ワールド>」

 リヴァは、アンバーが連れて来た少年の一人を指差して、言った。少年は言った。

「<ナンバーズ>だ。俺たちは、<アンバー・ワールド>の中でも、特別な存在なんだ」

「オーケイ、<ナンバーズ>の一人。名前の通りに、番号があるのか? それとも、コード・ネームか何かが?」

「22」少年は答えた。

 リヴァは頷いた。

「よし、22。昔、アンバーの恋人が死んだ。<SKUNK>と<ロメオ>の抗争の中で。知ってるか?」

「もちろんだ」

「どうして死んだ?」

「アンバーが所属していた<SKUNK>の敵側、<ロメオ>が雇った、<カザギワ>という殺し屋集団の殺し屋が殺したからだ」

「そう。そういうことになっているな」

「黙れ」アンバーが、かすれた声で言った。「殺すぞ」

「俺は別の説を知ってる。知りたいか、22?」

「こいつの言葉を鵜呑みにするな。騙されるな」アンバーが言った。

「ヘイ」リヴァは言った。「俺は別に、ミスタ・22を騙そうとなんかしない。ただ、別の説があることを知らせるだけだ。恋人、田村リヨを殺したのは、他でもないアンバーだという説を。そして、そのときこいつが使ったのが、S&W M629ショーティだったという説を」

「黙れ!」

 銃声。アンバーはリヴァの腹に食い込ませた短機関銃の引き金を引いた。だが、無数の銃弾が撃ち込まれたのはリヴァの腹ではなく、天井だった。地を蹴ったダンクが一瞬で間合いを詰め、短機関銃の銃口を逸らしていた。アンバーは肩を上下させて、荒々しく呼吸しながら、リヴァを睨んでいた。リヴァは小首を傾げた。ビルの中は、静まり返っている。

「さて、問題だ。アンバーは今、なぜ引き金を引いた?」

「奴を殺せ、<ナンバーズ>」

 アンバーが言った。だが、誰も従わなかった。

「たとえばもし、俺が今言った別の説が、まったくのでたらめならば、アンバーはどうして引き金を引いた? どうしてこんなに取り乱してる?」リヴァは言った。「田村リヨを殺したのが、本当はあいつだからじゃないのか?」

「殺してやる」憎しみに歪んでいた表情が、わずかに冷静さを取り戻す。アンバーの視線は、リヴァの耳に向けられていた。「おい、その耳に入ってるのは、無線機じゃないのか? お前、俺をはめたな。<カザギワ>だな、お前」

<ナンバーズ>の顔色が変わる。彼らの手元で、短機関銃が明確な殺意を持って、再びリヴァたちに向けられる。

「潮時だ、ダンク」

 ダンクが、鷲掴みにしていた短機関銃ごとアンバーの体を振り回し、<ナンバーズ>を牽制した。そのままアンバーを投げ飛ばし、リヴァの体を抱えて、ビルの窓へ。跳躍。

「次に会うときを、楽しみにしてるぜ、アンバー」リヴァは、ダンクに抱えられた状態で言った。「虚構と自己保身で作ったお前の<アンバー・ワールド>ってお城を、根元から粉々に破壊してやる」

 銃声が追って来たが、ダンクに追いつくことはできなかった。リヴァはマイク越し、バーバーに言った。

「いい画は撮れたか?」

『これ以上ないほど』バーバーが言った。

つづく




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2008年11月20日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第213回(3版)


劇場.


 リヴァは、四角いガラステーブルの上に、ジップロックに入ったままの拳銃を置いた。S&W M629ショーティ。人の命を奪えて、せいぜい六つのはずの武器。それが<アンバー・ワールド>に与えられるかもしれないダメージを計る。引き金を引かずに、敵の数を減らすことができる。それが少し、不思議だった。

 リヴァは、膨らんだ風船状に骨が伸び、湾曲した背もたれを持つ、木製の椅子に座っていた。かつてはクッションがあったのだろうが、接着剤の跡を残して、なくなっていた。お世辞にも、座り心地は良いとは言えない。

 ダンクは、マットレスのないパイプベッドに寝転がり、漫画を読んでいる。

 廃墟となって久しい、小さなビルに、リヴァたちはいた。何もない場所だ。地元の不良少年やホームレス、その他、乞食根性たくましい者たちに、あったものは全て運び去られていた。ドアや窓さえ、取り外されている場所がある。ホームレスの溜まり場ともなっていたが、銃口を振り回して、追い出した。

 地上六階建て。入り口から始まり、各階層、階段、そしてリヴァたちがいる最上階に至るまで、全ての場所に無線式のカメラを仕掛けた。死角はない。ビルの全てが、バーバーの手によって掌握されている。バーバーは既に、<アンバー・ワールド>のホームページをクラッキングし、ビルの映像を流す準備を済ませていた。誘いに乗ってアンバーが現われれば、いつでもビル内の映像をホームページ上で流すことができる。

 アンバーには、<アンバー・ワールド>に潜伏させている、磐井の後輩たち――暴走族、<白金大熊猫(プラチナ・パンダ)>を通じて、リヴァの手中に、彼がリヨを殺したときに使った拳銃があるという情報を流した。リヴァたちがいる場所も。目当ては金。そう伝えさせた。金さえ渡せば、どうにでもなる相手だと考えてもらっていた方が、警戒心は低くて済む。

『体調が悪くなったりしたら、すぐに言ってくれ。代わりの人間を行かせる』

 耳栓のように、片方の耳に詰めた無線で、バーバーが言った。色は肌色に塗ってある。万が一、無線を付けている方の耳を見られても、すぐには分からないように。無線の存在を相手に悟られないように、アンバーが現われたら、ダンクに、無線を付けている側に立つように言ってもある。マイクは、服の下にテープで貼り付けていた。この場所が、リヴァたちが用意した“劇場”であることを知れば、アンバーはすぐに逃げてしまう。

「俺の代わりを務められるやつなんか、いやしないよ」リヴァは言った。

 ダンクが漫画を読み終え、ベッドの上で欠伸をし、間もなく寝息を立て始めた。起きると、読み終わったはずの漫画を取り上げ、二週目に入った。三週目を終えたところで、ダンクは、持ち運びが可能なタイプのバスケットボールのゴールを持って来ればよかったと愚痴った。そうだな。リヴァは言った。慶慎が今どうなっているのか。アンバーが来たら、何と言うか。相手はどんな対応をするか。頭の中で、何度もシミュレーションを繰り返していた。ダンクほどには、暇を持て余さなかった。ダンクが、あまりにも暇であることと、空腹を訴え始めたところで、リヴァは、持って来ていたバックパックの中から、買い込んだおにぎりと、ペットボトル入りのミネラルウォーターを取り出し、ダンクに与えた。おにぎりを五つ平らげたダンクは言った。

「先に言ってくれてれば、俺だってこんなに文句は言わなかったのに。そこまで信用がないのかい、俺って?」

 リヴァは言った。

「もし、先に言ってれば、お前の限界は数時間前に訪れてただろうよ」

 リヴァは何も食わず、水分だけを摂取した。ビルには、かつてトイレとして使われていた場所があった。便座はなかったが。そこで用は済ました。椅子に座り過ぎて、血液の流れが停滞しているのを感じると、ビルの最上階をぐるぐると歩き回った。そしてまた、椅子に座った。いつの間にか、リヴァは眠っていた。無線から聞こえた、バーバーの声で、リヴァは目を覚ました。

『来た』バーバーはそう言った直後、派手に悪態をついた。『くそっ』

「何だ」

『仲間を連れてる。六人。全員、短機関銃(サブマシンガン)装備』

 リヴァは頭の後ろで手を組み、椅子の背もたれを軋らせた。

「上等だ。こっちが劣勢であればあるほど、信頼性は上がるってもんだ」

『リヴァ』

「こっちには、お前がいる。たとえ俺がやられても、それを犬死ににはしない。そうだろ?」

『死なせるために、君をそこにやったんじゃない』

「分かってる。分かってるさ」

 リヴァは言った。そして、胸の内で呟く。

 さて、幕開けだ。一触即発の即興劇。足の運びを間違えば即死亡の綱渡り。

 ドアのない最上階の入り口に、アンバーが仲間を従えて立っていた。リヴァは言った。

「ハロー、エヴリワン。何か、探しものかな?」

つづく




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posted by 城 一 at 23:15| 長編小説 焔-HOMURA-[integral] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月17日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第212回(3版)


プラン.


 ストリップ小屋には、上客をもてなすためのVIPルームがあった。メインホールからは隔絶された個室で、客は周囲の喧騒を気にすることなく、目の前で腰をくねらせるストリッパーの裸体と踊りを楽しむことができる。リヴァはそこに監禁されていた。

 円形の空間。壁に沿って、半円状に設置された、真っ赤な本革張りのソファ。部屋の中央には、小さな円形のステージとポール。ステージと天井を貫くスチール製のポールは、リヴァを拘束するための、格好の道具だった。リヴァはポール越しに、両手を手錠で繋がれていた。

 拘束する。バーバーはそう言った。長年付き合ってきた仲間にも、容赦しない。だからこそ頼りになるのだが、今回ばかりは、その容赦のなさを、リヴァは恨めしく思っていた。ステージの上で、何とか拘束から逃れようと、ポールに繋がれたまま動き回っていると、客を喜ばせるために踊っているストリッパーになった気分になる。

 ポールが折れるか、ステージか天井から外れるかしないかどうか、力ずくで揺らそうと試していると、ドアが開いた。バーバー。

「田村リヨを殺した犯人が分かった。犯人は、他でもない。アンバーだった」

 バーバーは言った。銀色に染めた髪は、長い間ほったらかしになっているらしく、根元が段々と、地毛の色――黒に近いブラウン――になってきている。今は、付け毛もしていなかった。整髪料も使わずに、ただ髪を下ろしている。

 事の経過だけは、律儀に報告しにやって来る。リヴァを拘束していることに対する、せめてもの償いのように。リヴァは黙ってステージに腰掛け、話の続きを待った。

「証拠は、かつてアンバーが田村リヨとよく行っていた、<quilt>という店の店主が飛猫に渡した、S&W M629ショーティ。それが、田村リヨを殺した時に使った凶器らしい。裏付けは浦口を通して取った。使われた銃弾、射撃特性。共に、問題はなかった。田村リヨ殺しに関して、陽性だ」

「それはそれは」リヴァは言った。「恋人を<カザギワ>に殺されたと言っていたアンバーの言葉が、180度引っくり返るスキャンダルだな」

「そう。それを含めて、田村リヨの死に関して集めた情報を、<アンバー・ワールド>のサイトをクラックして、そこで発表する」

「それで崩壊とまではいかなくとも、連中にかなりの打撃を与える事ができる」

「そういうこと」

 リヴァは、バーバーを見た。

「ただし」リヴァは言った。「その情報を、やつらが信じればの話だな」

「それは」

「やつらは信じないよ、バーバー。なぜなら、そんな情報を流すのは、<アンバー・ワールド>と敵対する人間、組織だからだ。連中は推測する。こんなことをするのは、<カザギワ>以外に考えられないと。それに、射撃特性やら何やら。警察方面から仕入れた情報を使っていいっていう許可は下りてるのか?」

 バーバーは俯いた。力なく、首を振る。

「そりゃそうだ。浦口がお前に協力するのは、あくまでも非公式なんだから。なあ、バーバー。賭けてもいい。今、お前の手の中にある情報をそのままネットで流したって、効果は微々たるものだ」

「けど、他に手は」

「証拠を使って、本人をおびき寄せる。アンバーを。情報の真偽に、連中の結束力の要となっている人物を混ぜれば、どうだ?」リヴァは、手錠に繋がれた状態で、小さく手のひらを広げた。「信頼性は大幅にアップするんじゃないのか?」

「それはダメだ、リヴァ」

「お前はきっと、このプランを考えたんだ。だが、それを実行できるくらいの、微妙な匙加減、度胸、動機がある人間を、一人しか思いつくことができなかった」

「そんなことはない」

「インターネットと接続した、無線式のカメラを無数に設置して、死角のない劇場を作る」

「リヴァ」

「リアルタイムで、カメラで撮った映像をインターネット上で流す。ステージに上がるのは、ホストとゲスト。ゲストはもちろん、アンバーだ。ホストは、唯一無二の証拠品を使って、ネットを通して見てる、無数の観客の前で、アンバーから、アンバーの言葉で、情報を引き出す」

 バーバーは、リヴァを見つめたまま、何も言わなかった。驚きも、リヴァの話に言葉を挟むこともしない。やはり一度、彼の頭の中に浮かんだ考えなのだろう。

「ホストには、俺がなる。アンバーから、どんな類の情報を引き出せばいいのかは、分かってる。度胸じゃ、誰にも負けない。慶慎を助ける。動機もある」

「ホストには、やらなきゃならないことがある」バーバーは言った。「いや、やらないでいるべきことと言った方が正しいのかな」

「ああ。ホストは抵抗しない。武器を持たない。丸腰で、証拠品一つを手に、やつと対面する」

「アンバーにとって、恋人を殺したという過去は、地雷なんだ。踏めば、どうなるか分からない。君を殺そうとするかもしれない」

「結構なことじゃねえか。無抵抗の俺が殺されれば、証拠品である拳銃の価値が跳ね上がる。もし、アンバーにとって、何の価値もないものなんなら、俺を殺したり、ましてや強引にその証拠品を手に入れようとなんかしないはずだからな」

「アンバーは僕らの考えを読んで、何もせずに帰るかもしれない。もっと言えば、彼が僕らの誘いに乗ってくるかも分からないんだ」

「誘いに乗ってこなかった場合、俺たちが損するものはない。もしも誘いに乗ってきた場合、俺たちはこれ以上ないほどの、アンバーが恋人を殺したという情報の信頼性を手に入れる。やらないに越したことはないプランだ」

「けど」

「保険として」リヴァは言った。「丸腰では行くが、代わりにダンクを連れていく。あいつは丸腰でも、そこいらの銃の百倍役に立つ」

「ああ、そうだね」バーバーは頷いた。「そうした方がいい」

「決定だな」

「どうせ、止めてもやるんだろ?」

「さすが、長い付き合いなだけはある。俺のことを理解してるな」

「だから、あんまり僕を悲しませないように」

「心掛ける」リヴァは言った。

つづく




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ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第211回(2版)


リボルバーU.


 鈴乃は、指先でこめかみを揉んだ。求めていたものが、目の前に現われた。だが、そのあっけなさと無造作さ、唐突さに戸惑いを覚える。達成感や喜びよりも、疑心の方が大きく膨らんでいる。

「どういうことなの?」鈴乃は言った。

「俺には経験がないが、想像はつく。自分の手で、愛している者の命を奪ってしまうってのが、これ以上ないほどに最悪なことだってのはな」小田は言った。「重たい話さ。そのくせ、話の重量とは反比例に、いたって単純な話だ。アンバーがリヨを殺した夜、あいつはギャング同士の銃撃戦の中にいた。<SKUNK>と<ロメオ>のな。新月で、真っ暗な夜だった。その上あいつは、敵さんに腹と腕を撃たれて、血を流しすぎていた。意識の状態も、判断力も、万全からは程遠い状態だった。戦場と言ってもいい場所の中で、あいつは背後に気配を感じた。仲間の居場所は全て把握している。背後にいる仲間はいなかった。だったら、どうする? あいつは振り向きざま、銃の引き金を引いた」

「それで?」

「終わりさ。あいつの放った一発が、リヨの致命傷になった」

「それなのに、どうして彼は、“<カザギワ>の殺し屋が、田村リヨを殺した”なんて話を信じているの?」

「信じてるんじゃなく」小田は言った。「すがってるだけかもしれんよ」

「同じことでは?」

 小田は鈴乃を見て、鼻孔からゆったりと息を吐き出した。

「人は、誰か大切な人間を失うと、心に穴が開く。アンバーの場合、その他に、情報的なものにも穴がある。リヨを殺した夜は真っ暗で、見通しが利かなかった。あいつは銃で撃たれて息も絶え絶え。意識が朦朧としていても、不思議じゃない状況だった。いくらでも、嘘が入り込む余地があるとは思わないか?」

 鈴乃は、ジップロックに入った拳銃を見つめていた。S&W M629ショーティ。この銃に使われる銃弾も、田村リヨの心臓に撃ち込まれた銃弾も、44マグナムだという点では一致する。

「かもしれないわね」鈴乃は言った。「でも、もしかすると、目の前の光景をはっきりと認識できるほどには視界があったかもしれない。街灯の光や、周囲の建物の装飾、窓の明かりで。そして、意識も朦朧とはしていなかったかもしれない」

「だから、言っただろ? すがってるだけかもしれんと」

 鈴乃は頷いた。

「本当に、持って行ってもいいの?」

「あんたはそんな、ボロボロの体を、車椅子で引きずってきた。引き下がるつもりもないくせに、遠慮するふりなんかするなよ」

「それでは」

 鈴乃は、拳銃の入ったジップロックを、クッキーの缶の中に戻し、膝の上に置いた。

「あんたは、このことで遠慮して、アンバーに手加減したりするのか?」

「いいえ。そんな余裕はないわ」

「そう。安心したよ」

「もし、彼に伝えたい言葉があるのなら、聞いておくわ」

「そんなものはない」小田は言った。「心臓が止まるまではきっと、俺が知ってるあいつは戻ってこないのさ」

「そう」

 鈴乃は、<quilt>を出た。バーバーに電話をかける。

「ネコよ。田村リヨを殺した犯人は、アンバーだった。証拠も手に入れたわ」

つづく




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2008年11月15日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第210回(4版)


リボルバー.


 車椅子を使うようになると、ちょっとした路面のおうとつにも苦労するようになる。<quilt(キルト)>の前の歩道は、わずかだが波打っていた。悪態をつき、背中に汗をかきながら、鈴乃は、どうにかそれをクリアした。外界に出ると、そんなことばかりだった。足が不自由になると、家にこもりがちになる者が多いと聞くが、分かる気がする。鈴乃は思った。外界よりは、家の中の方が、自分の思い通りになる。今まで、当たり前のようにしてきたことに対して、外界は障害が多すぎる。障害にぶつかればぶつかるほど、無力感に襲われる。外界を敬遠しがちになってしまうのも、仕方ないことだ。

<quilt>のドアには、closedと書かれたプレートが下がっていたが、構わずノックした。話は通してある。店の主人である小田豊春(おだとよはる)が姿を現わし、ドアを支えて、中に入るように促した。鈴乃はそうした。

 店内には、誰もいなかった。客を失った、チーク材を使った椅子と円テーブル。寄せ木造りの床。アンティークを模したラジオから、控えめのボリュームで洋楽が流れている。鈴乃の知らない曲だった。しわがれた声の男が、抑揚の利いた叫びにも似た調子で歌っている。鈴乃が車椅子のままテーブルにつくと、小田がマグカップに入れたホット・レモネードを出した。口をつける。以前、アンバーに魔法瓶から分けてもらったものよりも、数段うまかった。

「アンバーについて、話がしたいと言ったな」小田は言った。灰皿を持ってきて、一度断ってから、煙草に火をつける。「昔あった<SKUNK>と<ロメオ>の抗争の際死んだ、田村リヨについて聞きたいと」

「ええ」

「なぜだ?」

 紫煙越しに、訝しげな視線を、小田は送ってきた。でっぷりと太った体を、灰色のセーターに包んでいる。セーターは丸首で、開いた部分からは、下に着ている暖色のチェック柄のネルシャツが見えていた。クリーム色のチノ・パンツ、履き古したスニーカー。

「アンバーは、田村リヨを殺した人間について、何者かに嘘を吹き込まれている。それが原因で、あたしやあたしの仲間たちは不利益をこうむっている」

「その嘘の、具体的な内容は?」

 鈴乃は、小田の目を見た。深い色の瞳をした男だった。こういう人間は、嘘を嗅ぎつける。

「田村リヨを殺したのは、<ロメオ>が雇った、殺し屋集団<カザギワ>から派遣されてきた、殺し屋だという嘘よ」

 小田は煙草を吹かした。

「<ロメオ>は既にない。だからあんたは、<ロメオ>にゆかりのある人間か、<カザギワ>の人間ということになる」

「あたしは、<カザギワ>の殺し屋よ」

「それは、脅しか?」

「事実を言っただけよ」

「『ピストルオペラ』って映画に、車椅子の殺し屋が出てたな」

「洋画?」

「邦画だ。病院のベッドの方が似合いそうに見えるのは、相手を油断させるためと言うわけだ」

「違うわ。これは、本当に怪我をしてるのよ」

「さっきの言葉が、脅しじゃないわけだな」

「殺された田村リヨに関して、知っていることがあるのなら、教えて」

「気が進まないが」

「お願い」

 小田は席を立った。カウンターの方へと行き、コーヒーを淹れる。ミルクを入れ、砂糖を入れる。スプーンが、コーヒーカップの底をくすぐる音が聞こえた。小田は背を向けたまま、言った。

「ついこの間、アンバーがこの店に来た。“見せたいものがある”と言ってな。連れて行かれたのは、工事が頓挫したままの地下街<ホープ・タウン>だった。そこであいつに、“仲間”を紹介された。俺にはとても、そうは見えなかったがね。どいつもこいつも、ヤクで濁った目をしてた。あいつは言った。俺たちは<ミカド>だと。知ってるか?」

「正義という言葉や、憤怒、悲哀の感情を経路に感染するメディア、あるいはウイルス。あるいは、そのウイルスに感染した者たちが集まってできた、組織の名称。<ミカド>に感染した者は、<カザギワ>を中心に、一般的に悪とされる者や組織と、積極的に敵対しなければ気が済まなくなる」

「なるほど。そう表現すると、分かりやすいな。だが、アンバーの話は難解極まりなかった。正義だの悪だの、延々俺に説き続けた。俺には、あいつの言ってることがさっぱりだった。あいつに<ミカド>とやらに誘われたが、理解できないものに属することはできない。俺は断り、そして<ホープ・タウン>から帰ってきた」

「賢明な判断だと思うわ」

「<ホープ・タウン>で俺は、ひどく精液のにおいが充満してるのに気づいて、近くにいたやつに聞いた。そしたら、<カザギワ>に関わった女を犯してるんだと、自慢げに言ってた。罰を与えてるんだとな。<カザギワ>の殺し屋を追い詰めるためだとも、言ってたな。<ホープ・タウン>には他に、山積みになった銃もあった。短機関銃やら拳銃やら。俺は確信した。アンバーは、間違った道に足を踏み入れてる」

 小田はカウンターにもたれ、鈴乃を見た。コーヒーをすすり、視線を交わらせる。そして、言った。

「アンバーはリヨを失って間もないある日、ここに来て言った。“もし、俺が道を踏み外しそうになっていたら、止めてくれ”とな。今がそのときだと、俺は思った。だから、何とかしてあいつを説得しようとした。だが、できなかった。言葉じゃ止められないところまで、あいつは行っちまってるんだ。あんたは、殺し屋だと言った。そして、仲間がいるとも言った。あんたや、そのお仲間たちなら、言葉を用いない強引な方法で、アンバーを止めることができるか?」

「命の保証はできないわ」

 小田は頷いた。

「あいつが、間違った道をこのまま、突っ走って行っちまうよりは、そっちの方がいい」

「なら、止められるかもしれない。けど、そのためには、アンバーが吹き込まれてる嘘が邪魔なのよ」

「真実と、それを裏付けるものが必要なわけだ」

「そうよ」

 小田はカウンターの向こう側に回り、大きなクッキーの缶ケースを持ってきた。ふたを開けると、中には、ジップロックに入った拳銃が収まっていた。

「S&W M629ショーティ」小田は言った。「リヨが死んだ日、アンバーが持っていた銃だ」

 鈴乃は小田を見た。目を合わせ、話の続きを促す。小田は言った。

「アンバーがリヨを撃ち殺したときに使った銃だ」

つづく




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2008年11月14日

ブログ小説 焔-HOMURA-[integral] 第209回(3版)


見損なうなよ。


 バーバーは舌打ちした。

 リヴァが短機関銃(サブマシンガン)を構えていた。こちらに向けて。

「また、飲んでるのかい、リヴァ?」

「いや」

 嘘は言っていない。リヴァの息からは、酒臭さを感じなかった。

 漫画喫茶。そこで貸し出している、青みがかった灰色のカーペットが敷かれた、小さな部屋。電気は消されており、窓から差し込む淡い月明かりだけが頼りだった。緑色のレーザー光線のようなものが、四角になったり、円になったりして画面をゆったりと移動するスクリーンセーバーが映し出された、デスクトップのパソコンがパソコン台の上に載っている。漫画が数冊、床に積み上げられていたが、手をつけた気配はない。円形のローテーブルに置かれた、マグカップの中のコーヒーに、湯気は立っていない。

 バーバーは部屋に上がり、窓辺に行った。足下に転がっていた双眼鏡を取り上げ、窓の外を覗く。夜闇の中、街灯に照らされて浮かび上がる、<ホープ・タウン>への入り口が見えた。パイロンと、オレンジ色に塗られた鉄柵にふさがれており、人気もない。一見しただけでは、そこに人の出入りがあることは分からない。ただ、鈍重な獣のように、地下へと続く階段が、大きな口を開けているだけだ。

「俺に、見張りを付けたな」リヴァが言った。

「ああ」

「どういうつもりだ」

「どういうつもりだ? それはこっちの台詞だ。僕の命令を無視して、ここに入り浸って<ホープ・タウン>の観察をして」バーバーは部屋の隅に置いてあった、モスグリーンの大きなドラムバッグを開けた。中には、自動、手動の拳銃が数丁と予備弾倉がいくつか、オートマティックの散弾銃と、箱に隙間なく詰め込まれた装弾、形や種類がさまざまの手榴弾が入っていた。リヴァを見る。「そして、テロでも起こせるくらいの量の武器を調達した。それとなく、分かってはいるが、君の口から直接聞きたい。それも、具体的に」バーバーは言った。「どうするつもりだったんだ?」

 リヴァは銃を構えたまま、軽く肩をすくめた。

「簡単なことだ。あそこから」リヴァは首を小さく動かして、<ホープ・タウン>への入り口を示した。「<ホープ・タウン>に入って、ドラムバッグの中身を可能な限り有効活用するつもりだった」

「作戦の詳細まで、きちんと聞きたいね」

「詳細? そんなものはない。今言った以上でも、以下でもねえよ」

「見損なったな、リヴァ。そんなことをすれば、確実に君は、慶慎を助けることもできずに死ぬが、それだけじゃない。僕らが今、互いの不満を押し殺して進めてる作戦も、まったくの台無しになる。分かっていないわけじゃないだろう?」

「くそほども役に立たない作戦なんか、俺の知ったことじゃない」

「おいおい、それは本当は、俺が言いたくて常にうずうずしてる言葉だぞ」

 神田が言った。彼は、部屋の入り口の上枠に手をかけて、リヴァを眺めていた。部屋は狭い。神田が入るスペースは、もう残っていなかった。神田の向こうで、ダンクが腕組みをして様子を見守っているのが見えた。

「だったら、好きなだけ口にすりゃいい」リヴァは、神田を見ずに言った。「あんた、俺を見張ってたやつだな」

「ああ」

 バーバーは、リヴァに見張りを付けた。いずれ、慶慎を助けるために動けないことに、リヴァが耐えられなくなることは分かっていた。見張り役を見繕うように神田には言ったが、彼自身が見張り役の一人になると言うとは思わなかった。<ピザ・コパフィールド>での一件以来、神田は何かとバーバーの側に、その身を置いた。認められたわけではない。それは、自分に注がれる視線の鋭さで分かる。一挙手一投足が、吟味されている。そう思った。隙を見せれば、足をすくわれる。そんな緊張感が、常にある。

「俺の信用も落ちたもんだな」リヴァは言った。

「実際、君は僕の指示を無視した」

「そうだな」

「こんなことはやめて、僕の指示通りに動くんだ、リヴァ。一人で<ホープ・タウン>に突っ込んだって、何にもならない」

「そうかな? 目を覚ますやつがいるかもしれない。“俺は一体何だって、こんな回りくどいことをしてるんだ。難しく考えずに、あいつみたいにやればいいじゃないか”ってな」

「それでどうなる。ただ、死ぬだけだ」

「お前が主導してる作戦に従えば、そうはならない?」

「何も考えずに、敵の本拠地に突っ込むよりは、ずっとましだ」

「だが、慶慎が死ぬ」

「慶慎が死ぬ可能性は、あるいは既に死んでいる可能性は、どうやったってゼロにはならない」

「だがお前は、その可能性を悪戯に高くしてる」

「そんなことはない」

「いいや、してる。なぜだか、説明してやる。慶慎が死ねば、急いで<ホープ・タウン>に攻め入る必要がなくなるからだ。慶慎が死ねば、じっくり時間をかけて、やつらを相手にできる。そうなれば、くそったれな勝率とやらは高くなる」

「見損なうなよ、リヴァ」

「俺の望みが」リヴァは言った。「慶慎を助けたいって望みが面倒なら、そうはっきり口に出せばいい。なのに、そうしない。がちがちに固めた理屈で真意を隠して、誰からも正しいとされる位置に自分を置く。お前は卑怯だよ、バーバー」

「だったら」バーバーは銃口を掴んだ。引き寄せて、自分の胸に押し付ける。「さっさと、その引き金を引けばいい。卑怯者の命なんか、君にも僕にも必要ない」

「バーバー」ダンクが部屋の外から言った。

「君は黙っていろ、ダンク」

 リヴァの呼吸が荒くなる。聞こえるほど、音が大きくなり、微かに上下するリヴァの肩の動きが、短機関銃(サブマシンガン)を通してバーバーにも伝わった。

「くそっ」

 リヴァが短機関銃(サブマシンガン)を床に叩き付けた。神田が素早くその懐に踏み込み、背負い投げた。リヴァの体が部屋の外に転がる。神田はそれを追いかけ、リヴァを立たせ、みぞおちを蹴った。店の客や、店員が目を丸くして、突然始まった荒事に言葉を失っていた。

「いいのか、バーバー?」ダンクが言った。

 バーバーは、溜め息を隠さなかった。

「構わない。それよりも、客や店員の動きを見張っていてくれ」

 バーバーは、リヴァが投げ捨てた短機関銃(サブマシンガン)を拾い、ドラムバッグの中に入れた。持ち上げると、重量がドラムバッグを構成する生地の硬度を遥かに上回っているらしく、ひどく変形した。もしかすると、運んでいる最中に底が破れてしまうかもしれない。部屋の外では、派手な音とともに、家具が倒れ、本棚に並ぶ漫画が床に散乱していっていた。リヴァは抵抗しなかった。まるで、自分を罰するように。

「がきが」

 最後に軽く一蹴りして、神田の気は済んだようだった。バーバーは、床で力なく倒れるリヴァに言った。

「君を拘束する、リヴァ」

「好きにしろ」リヴァは言った。

「不満も、憤怒もあるだろう。けどそれは、本番のときのために取っておくといい」

「そうだな」

 店の中には、神田の部下が二人いた。神田とともに、リヴァの見張りにあたった者たちだ。神田が目で合図すると、彼らはリヴァの体を引きずり、店の外へと連れて行った。神田が言った。

「少し前の自分を見てるようで、ひどくいらついた」

「そう」

「やつとは、長い付き合いなんだろう?」

「ええ」

「なかなか、こたえたんじゃないのか?」

「どうでしょうね」

 神田は鼻で笑うと、リヴァを連れて行った部下のあとを追った。ダンクが側に来た。

「バーバー」

「大丈夫。肉体的にはそうでもないけど、精神的には、かなり頑丈にできてるんだ、僕は」

「けど、それは、傷一つ付かないということじゃない」

「まあね」

「精神的な傷に効果的な絆創膏があれば、用意してやるんだけどな」

「残念ながら、そんなものはない」

「腹は?」

「減ってる」バーバーは言った。「珍しく」

「うまい中華を食わせてくれる店を知ってる。そこに行こう」

「そこに絆創膏はないのかい?」

「中華を出す店としては一流だが、残念ながら回鍋肉(ホイコーロー)しかない」

「そして、残念ながらその洒落は三流だ」

「手厳しいな」ダンクは言った。

つづく




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